悪知識
悪知識
あくちしき
梵語pāpamitraの訳。善知識に対する。
悪法邪法を説いて人々を邪道へ導く悪徳人のこと。または悪師、悪友の意。
知識とは知人、朋友の異名で、教えを導き、世に知られた人をいう。
法華経譬喩品には「又舎利弗、若し人あって悪知識を捨てて善友に親近するを見ん。
是の如き人に乃ち為に説くべし」と、悪友の意として挙げている。
ところで、日蓮聖人は『守護国家論』『唱法華題目鈔』『星名五郎太郎殿御返事』等に見られる如く、この悪知識を『涅槃経』(大正一二・四九七)の十悪・五逆に対する悪師の叙述をうけて、「悪知識と申すは甘くかたらひ、詐り媚び、言(ことば)巧みにして愚癡の人の心を取りて善心を破るといふ事也」(定一九四頁)と述べ、その意を謗法・闡提に陥しめる悪比丘(悪僧)、謗法の邪師と規定されるのである。
《『遺文辞典』教学篇「悪知識」の項、『広説仏教語大辞典』「悪知識」の項》