星名五郎太郎
星名五郎太郎
ほしなごろうたろう
(生没年未詳)
文永四年(一二六七)一二月五日に、日蓮聖人から『星名五郎太郎殿御返事』(定四一四頁)を与えられた人。
他にその名は見られず、詳しいことなど明らかでない。
『録外考文』には総州の人といい『本化別頭仏祖統紀』には、上総興津の城主で妙覚寺の開基・佐久間兵庫亮重貞の家臣という。
文永四年、聖人が母堂の妙蓮を喪ってのち、四十九日の中陰忌をすませ、だれにも告げずに安房を発とうとしたとき、主人の佐久間重貞に代って聖人のもとへ使をつかわし、書面で聖人の法労をねぎらった。
なお御返事の末に「若命つれなく候はば仰せの如く明年の秋下り候て且つ申すべく候」(定四二〇頁)と述べ、小祥忌(一周忌)にはその地へ下ると述べている。
《『遺文辞典』歴史篇「星名五郎太郎」の項、『昭和新修』別巻「星名五郎太郎」の項》