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三密

さんみつ #158

三密

さんみつ

身密・口密(語密)・意密の三。
(一)の身・口・意三業の教化が、時と所、また衆生のそれぞれの機根に応じて秘密に発し、衆生の知らないに無碍自在に働くことをいう。 『法華玄義』巻一、『釈籤』巻一の所説。
(二)真言密教の三。
密教では仏の身・口・意の三業が甚深無量にして絶対平等なるが故に密と名け、また衆生の知り得べからざるが故に密と名く。 これには三密と衆生の三密の二がある。
(1)三密。 一身の相状がそのまま秘密不思議なることを身密、一切の語言が皆秘密真言なることを語密、一切の意(こころ)悉く秘密三昧なることを意密という。
(2)衆生三密。 手にを結ぶことを身密、口に真言を唱えることを語密、意に本尊を観ずることを意密という。 これを真言行者の三密ともいう。 三密衆生も本来具えているが迷っているためにこれを知らずにいる。 しかし衆生三密も修行することによって、仏の大慈悲に触れ、仏の三密に加護保持(三密加持)されて、三密が自ら体得され、仏と衆生とが平等なることを悟り得られ、即身成仏するという。
日蓮聖人は『開目抄』(定六〇七頁)で、真言の徒が一油鉢をもって二五里の途を一滴も漏らさずに行く程の三密の修行に励んでも、時代に対する正しい認識を欠き、摂受、折伏の二門について無知である限り、生死界を脱れて成仏することは不可能であると批判された。
《『遺文辞典』教学篇「三密」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「三密」の項》

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