孝経
孝経
こうきょう
儒教経典の一つ。
一巻。
中国戦国時代に成立。
孔子が門人の曽子に孝道を説いたものを曽子の門人が記録したものという。
多く孔子と曽子との問答形式をとり、孝道を根底として封建社会における家族を中心とした道徳を説いたもの。
日本においても国民の精神形成に多大な影響を及ぼした。
日蓮聖人はしばしば孝経の「天子に争臣七人ある時は無道なりと雖も其の天下を失わず(略)父に争子ある時は則ち身不義に陥らず。
故に不義に當る時は則ち子以て父に争わずんばあるべからず。
臣、君に争わずんばあるべからず。
故に不義に當っては則ち之を争う。
父の令に従わんこと、又焉ぞ孝と為すを得んや」を引用して即ち主君や父が道を誤っている場合は主君や父を諫めることが却って忠臣孝子となるということを述べている。
また孝行の大道を説いた経典には二つあって、一つは外典儒教の孝経、もう一つは内典仏教中の法華経であり、儒教の孝経は今生だけの孝行を教えて後生のことは教えないとする。
『開目抄』に記された著名な文言は以下である。
「儒家の孝養は今生にかぎる。
未来の父母を扶けざれば、外家の聖賢は有名無実なり。
外道は過未をしれども父母を扶ける道なし。
仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢の名はあるべけれ。
しかれども法華経已前等の大小乗の経宗は自身の得道猶かなひがたし。
何に況や父母をや。
但文のみあて義なし。
今法華経の時こそ、女人成仏の時悲母の成仏も顕われ、達多の悪人成仏の時慈父の成仏も顕わるれ。
此の経は内典の孝経也」(定五九〇頁)。
《『遺文辞典』歴史篇「孝経」の項、『中国史籍解題辞典』(燎原書店)「孝経」の項》