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女人成仏

にょにんじょうぶつ #1425

女人成仏

にょにんじょうぶつ

成仏すること。
女人は多くの経典で排斥され、二乗・一闡提等とともに成仏を許されなかった。
日蓮聖人はこれを『法華題目鈔』に「女人をば内外典に是をそしり、三皇五帝の三墳五典にも諂曲者と定む。されば災は三女より起ると云へり。国の亡び人の損ずる源は女人を本とす」(定四〇〇頁)と述べ、『華厳経』や『涅槃経』の「女人は地獄の使なり。能く仏の種子を絶つ。外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し」、「一切の江河必ず回曲有り、一切の女人必ず諂曲有り」等の文を引用し、女人不成仏論を紹介されている。
たとえ諸経で女人の成仏が許されても、これらはすべて法華経をその根拠とするものである。
従って諸経の成仏は「改転の成仏」であり、有名無実の成仏往生である。
法華経の一念三千の理によって一切の成仏が真実究竟するのであるから「女人は在世正像末総じて一切の諸仏の一切経の中に法華経をはなれて」(『法華題目鈔』定四〇三頁)成仏を願うことはできない。
すなわち「法華経は女人の成仏をさきとする」のであり、「女人は必ず法華経にて仏になるべき」であった(『千日尼御前御返』(定一五三八、一五四三頁)。
母の恩を深く思いやった日蓮聖人であったから、女人救済と成仏の大法を求めた。
女人成仏かたければ悲母の恩報じがたし」であるからである。
そのはてに「法華経計りこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実の報恩経にては候へ」(同上定一五四二頁)と確信したのである。
提婆品には八歳の竜女の成仏が説かれ、聖人はこれを「龍女が成仏此れ一人にはあらず、一切の女人の成仏をあらはす」(『開目抄』定五八九頁)と述べ、竜女成仏をもって、末代女人の成仏の道を「ふみあけた」ものであるとされている。
この竜女の女人成仏と提婆達多の悪人成仏とを提婆品の二箇の諫暁と称する。
《『遺文辞典』教学篇「女人成仏」「龍女」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「女人成仏」の項》

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