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本因下種

ほんいんげしゅ #3352

本因下種

ほんいんげしゅ

本因とは本因妙をいい、下種とは仏種を心田に植えることをいう。
つまり本因妙下種法体とする説。
日蓮聖人は天台教学の下種益、調熟益、解脱益の三益論を基とし、釈尊の衆生救済には始終があり、常に一貫した化道があることを主張された。
そして末法という時代認識と、法華経に対する謗法という現実とによって末法の機根は「本未有善」であるとして、積極的な折伏逆化の化道に当られ、妙法五字仏種衆生の心田に植えようとされたのである。
仏種とは本門の一念三千であり、釈尊の色心因果具足の妙法五字である。
この仏種下種を解釈するに当って、日蓮聖人滅後にあっては、本因妙下種と本果妙下種との両方の解釈が生れた。
しかし本因妙下種の概念はそれぞれの学者によって明確でない。
まず第一の概念に、の立場から久遠本仏の本時の妙因の修行を正意として、本因に約して下種を論ずる場合。
第二に在世と末法とを対判し、今日末法を正意として本因下種を論ずる場合。
第三に本因を法体とする下種を論ずる場合などがある。
この本因妙を主張する門流は、日興門流、日隆門流、日陣門流等である。
日興門流の堅樹日寛(一六六五-一七二六)は『六巻抄』において、本因名字の菩薩が久遠元初本因時に人法一体の本因妙の妙法を下種すると説いている。
ち本因菩薩とは名字凡夫の日蓮聖人が理即凡夫の末法衆生を救済するというのである。
本因とは久遠元初のをいい、その法体妙法五字であって、久遠元初一一法である。
しかもその法体は人法一体で、妙法五字の体は本門大本尊であり、その大本尊の体は日蓮聖人であると、宗祖本仏論を主張している。
次に日隆門流の祖、慶林坊日隆(一三八五-一四六四)は、本因の菩薩が本因時に先仏の本果の法を下種するという本因妙下種を標榜する。
ち久遠の初めと、末法の初めとは本因妙下種のときであり、本果の仏は本果の時に脱益せしめるという。
本因の菩薩地涌の菩薩たる日蓮聖人、本果仏は釈尊であって、種熟脱の三益が繰返されるという。
そこで末法本因妙下種の時であるから地涌と顕われ、衆生脱益のとき釈尊と顕われると説く。
そして真実の下種の根本を本因妙と見る。
その下種の法体は本門八品の説相において上行等に付属された妙法五字である。
次に日陣門流で本因妙下種を明らかに打ち出したのは智門日求(一五七六-一六五五)であって、日真門流の本果下種為体論に対するものであった。
なお一致派においてはこれらの本因妙本果妙下種論は、学史上、あまり論議されなかった。
それは成仏安心の問題を、下種論の視角から考究しなかったことに基因していると言えよう。
望月歓厚『日蓮学の研究』》

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