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名字即成

みょうじそくじょう #1047

名字即成

みょうじそくじょう

名字成仏をいう。
名字とは天台大師智顗が法華円教の教旨に基づいて立てた法華経修行の位である六即の第二の位である。
第一のは一念の心に三諦の理を具していることで、仏法の名さえも聞かないが、名字即は仏法の縁にあい、これを信ずる初心の位であり、迷悟の法体が不二であることを了解する。
日蓮聖人は『四信五品鈔』に「所謂五品の初二三品には仏正しく戒定の二法を制止して一向に慧の一分に限る。慧又堪へざれば信を以て慧に代ふ。信の一字を詮と為す。不信は一闡提謗法の因、信は慧の因、名字即の位也」(定一二九六頁)と述べ、初心の一念信に六即を含むとして名字即に即身成仏の得益を論じられた。
末法の法華経修行は一念信解初随喜の気分、名字即の題目受持であり、これによって任運に六即の妙義を具足して即身成仏の大果を受得するのである。
日蓮聖人滅後の教団においては天台本覚思想の影響を受け、名字の凡夫がそのまま本仏であるとする名字即成の凡夫本仏論が主張されるようになった。
例えば行学院日朝(一四二二-一五〇〇)は成仏に三種を論じ、迹門は心の成仏始覚の成仏)、本門は色の成仏(本覚の成仏)、本門不思議の成仏は本迹未分の本法五字の不思議力によって名字の凡夫がそのまま仏果を得るとする。
妙法五字が有する功徳の不思議力によって信心の当所に仏果を得るとする理本覚思想の無媒介成仏論であり、聖人が『観心本尊抄』に説示された受持譲与の成仏論とは異質なものといわねばならない。
望月歓厚日蓮宗学説史』、『遺文辞典』教学篇「名字」の項

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