権実
権実
ごんじつ
「かり」と「まこと」。
(1)権教と実教=権教とはかりの教え、方便教。
実教とはまことの教え、真実教。
部(経典)に約すれば、爾前経は権経、法華経は実経である。
ただし権教といえば爾前経の中でも小乗阿含経を除き、華厳部・方等部・般若部の権大乗経を指す場合が多い。
教(経を構成する教味)に約すれば、化法四教のうちで蔵・通・別の三教は権教、円教は実教である。
日蓮聖人は部に約して権実を判定する場合が多いが、教に約する場合も部に含まれた教について判釈される。
権実判は『開目抄』の五重相対(ごじゅうそうたい)では内外相対・大小相対に次いで第三の権実相対に当り、この上に本迹相対・教観相対がある。
本迹相対および本門についての教観相対は佐渡以後の教判であり、佐渡以前は権実相対および迹門についての教観相対どまりであった。
『開目抄』の「但し仏教に入て五十余年の経々八萬法蔵を勘へたるに、(略)但法華経計り教主釈尊の正言也。
三世十方の諸仏の真言也。
大覚世尊は四十余年の年限を指て、其内の恒河の諸経を(無量義経に)未顕真実、八年の法華は(方便品に)要当説真実と定め給しかば、多宝仏大地より出現して皆是真実と証明す。
分身の諸仏来集して長舌を梵天に付く。
此言赫々たり明々たり。
晴天の日よりもあきらかに、夜中の満月のごとし。
仰て信ぜよ。
伏て懐ふべし」(定五三九頁)の文が権実相対の文である。
その基礎は天台大師智顗の五時八教判にある。
『法華玄義』一〇、『大本四教義』によると、華厳・阿含・方等・般若の前四時は釈尊が二乗の機根を調熟するために説いた方便教であり、順次に擬宜・誘引・弾呵・陶汰して二乗の機根が整ったとき、最後に法華経を説いて声聞・縁覚・菩薩の三乗差別観を開会して一乗平等観に帰入させ、釈尊一代の化道はここに完了する。
法華説法の内容は迹門の二乗作仏(開三顕一)と本門の久遠実成(開近顕遠)である。
日蓮聖人は妙楽大師湛然の『弘決』六の「偏く法華已前の諸経を尋ぬるに、実に二乗作仏の文、及び如来久遠を明すの説なし」という語を発見し、また自身も諸経を尋ねて二乗作仏・久遠実成が法華経の諸経に超勝する所以であることを確信された。
この二説が法華超勝の所以であるとする意見は既に『戒体即身成仏義』に見ることができる。
正嘉二年三七歳作の『一代聖教大意』に「問て云く(略)二乗が仏に成る。
方等だらに経・首楞厳経等也(略)諸経にても成仏はうたがひなし如何。
答ふ、予の習伝ふる処の法門、此答に顕るべし。
此答に法華経の諸経に超過し、又諸経の成仏を許し許さぬは聞こふべし。
秘蔵の故に顕露に書さず」(定七一頁)と他経にも二乗作仏説はあるが、結局はあれども二乗作仏の義なしとされる。
その理由は爾前無得道論にある。
また『開目抄』には「華厳宗と真言宗は(略)随て華厳経には或見釈迦成仏道已経不可思議劫等云云。
大日経には我一切本初等云云。
何ぞ但久遠実成、寿量品に限らん」(定五五五頁)とて華厳・真言の両宗が久遠実成は法華独占にあらずとする見解を紹介するが、要は華厳経の入法界品の普賢菩薩のこの偈は因分の普賢菩薩の所見の境界であって、法華経の弥勒菩薩不及の過去常とは違う。
また大日経の一切本初の大日如来とは法身仏であって、法華経の応身報身の顕本とは違うというわけである。
また一念三千理の説不をもって権実の判断の標準とされる場合も多い。
これも既に『戒体即身成仏義』に「十界互具する故に妙法也」(定一○頁)とある。
しかし一念三千(いちねんさんぜん)理の成立基盤は二乗作仏・久遠実成という法華教説にあるから、結局は二乗作仏・久遠実成の説不をもって権実の判断標準とすることと同じ意味である。
次に約教釈の場合は蔵・通・別の前三教は但空・不但空・但中の理を説いて円融三諦の理を説かず、円教のみが円融相即、背反する二律の相即を説くから、一応は前三教は権教、円教は実教とされてきたが、更に聖人は、円を爾前円と今円とに分けて峻別し、爾前円は華厳・方等・般若の円であって、華厳は円に別を兼ね、方等は円と蔵通別とを対説し、般若は円に通別を帯びるから、折角の円説も兼帯する蔵通別の三教に引かれて非円になるとし、爾前円にては得道なり難しと判ぜられる。
『一代聖教大意』およびその前後の遺文に初期の爾前円に関する説がみられる。
権実判を実行に移す場合は、釈尊は三世諸仏説法の儀式に則って先権後実の説法をされた。
つまり華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃の順に説法して二乗の機根を次第に調熟し、最後に法華を説いて声聞・縁覚・菩薩の三乗差別観を開会して、平等の一仏乗に帰し、二乗の存在価値をも認められた。
これらの在世の衆生は三千塵点・五百塵点の過去下種の利根の人々であったから、まず権教、最後に実教の施化をされたのである。
『教機時国鈔』に「智者と成るべき機と知らば、必ず先に小乗を教へ、次に権大乗を教へ、後に実大乗を教ゆべし」(定二四二頁)等とあるのはその謂である。
日本天台宗は権実雑乱の修行をした。
死後の安心のためには念仏、現世の安穏のためには真言密教、罪障消滅のためには法華経を修した。
権実を兼修した理論的根拠は円体無殊(えんたいむしゅ)にある。
円教は爾前経にも説かれ、法華経にも説かれるが、どの経の所説の円教も、円体に差別はないという教理である。
また法華経は開三顕一・開近顕遠を説く開会の教である、法華経によって開会されて後は、権教も実教となり、権実不二であるという教理である。
更に歴史的には平安仏教までは兼修を教風とした。
かくて日本天台宗は当然のこととして諸宗を兼修したわけである。
ところが日蓮聖人は末法の受生であり、法然以来の専修仏教の鎌倉時代の人である。
末法は在世や正法・像法時代と違って、教のみあって行証なき時代であり、その衆生は教を行じようとする意志すらなくて、放っておけば自然に地獄におちる愚人・悪人・謗法であって、邪智のみ発達した人々である。
かかる重病を救治するには最勝の良薬でなければ物の用に立たぬとて、きびしく権実を区別し、先権後実の摂受でなく、最初から実教の法華経をこれらの逆縁の衆生に折伏下種された。
『如説修行鈔』に「法王の宣旨背きがたければ、経文に任せて権実二教のいくさを起し、忍辱の鎧を著て妙教の剣を提げ、一部八巻の肝心妙法五字の旗を指上て、未顕真実の弓をはり、正直捨権の箭をはげて、大白牛車に打乗て権門をかっぱと破り、かしこへおしかけ、こゝへおしよせ、念仏・真言・禅・律等の八宗十宗の敵人をせむるに、或はにげ、或はひきしりぞき、或は生取れし者は我弟子となる(略)法華折伏破権門理の金言なれば、終に権教権門の輩らを一人もなくせめをとして法王の家人となし」(定七三三頁)とあり、権教を折伏して南無妙法蓮華経を広宣流布することを如説修行とされる。
(2)自行の実と化他の権=自行は随自意であるから実、化他は随他意であるから権であるという分別を天台三大部は多用するが、聖人にはこの分別は殆どない。
真言宗においてはこの分別が盛んに用いられ、秘密教は大日法身が自身の内眷属(つまり自分自身)に対して自受法楽したもうた教えであるから真実、顕教は釈迦応化身の化他のための説法であるから方便権教であるという教判が弘法大師の『弁顕密二教諭』等にある。
(3)権智と実智=『法華文句』三下の方便品釈の中に、経の「諸仏智慧甚深無量」を「仏の実智」、「其智慧門難解難入」を仏の「権智」とする。
実智とは説法以前の仏の内証真実であり、権智とは化他、説法するための仏の方便智である。
従って実智を知るには権智を通して悟入する以外に方法はない。
聖人は『守護国家論』中に源信の『一乗要決』の序の「全く自宗他宗の偏党を捨て、専ら権智・実智の深奥を探るに、終に一乗は真実の理・五乗は方便の説なるを得る者也」の文を引かれる(定一一〇頁)が、概して聖人にはこの分別はない。
(4)体内・体外の権実=体とは法華経。
従って体内の実とは法華経の円教、体内の権とは法華経に開会されて後の他教の円教、体外の権とは法華経に開会される以前の他経を指す。
体外の実とは天台宗では今円と昔円とは円体無殊であるから、他経の円を指すことになるが、日蓮宗においては法華経以外に実教を認めないから、体外の実は存在しないことになる。
『諸宗問答鈔』に「爾前の円は法華と一味となる事無し。
法華の体内に開会し入れられても、体内の権と云はれて実とは云ざるなり(略)体外の影の三乗を体内の本の権の本体へ開会し入るれば、本の体内の権と云れて、全く体内の円とは成ざるなり。
此心を以て体内体外の権実の法門をば得意弁ふべき物なり」(定二六-七頁)、『十章鈔』に「設ひ開会をさとれる念仏なりとも、猶体内の権なり。
体内の実に及ばず」(定四九二頁)等といわれる。
(5)権機と実機=権機とは権教を施されて熟益を受けることが相応の機類、実機とは実教を施されて脱益を受けることが相応の機類をいう。
『曾谷入道殿許御書』に「慈氏菩薩、仏の滅後九百年に相当て無着菩薩の請に赴て、中印度に来下して瑜伽論を演説す。
是れ或は権機に随ひ、或は付属に順ひ、或は時に依て権経を弘通す」(定九〇九頁)、『教行証御書』に「今末法に入ては教のみ有て行証無く、在世結縁の者一人も無し、権実の二機悉く失せり」(定一四八〇頁)といわれる。
(6)権化と実類=権化とは本地は高位であるが、実凡を救済するために和光同塵して実凡の姿をかりる仏菩薩の仮の姿をいう。
伝教大師の『法華秀句』の即身成仏化導勝八に、竜女の権実をめぐって、恐らく徳一が竜女の成仏は権化の成仏であって実類には関係なしと難じたに対して、「権は是れ実を引く。
実凡成仏せずば権化無用ならん」という。
この辺の論争に端を発して比叡山の論義集『台宗二百題』に「竜女権実」の論目あり。
聖人は『念仏者追放宣状事』に「南都奏状」の「専修之輩、永く神明を別へず、権化実類を論ぜず、宗廟祖社を恐れず」云云(定二二六〇頁)の文を引かれるのみ。
(7)権実論争=聖人減後、多種多様の論争が行われたが、宗内各派間の論争は多くは本迹論であり、他宗との論争は多くは権実論(ごんじつろん)である。
その詳細は『日蓮宗宗学章疏目録』所収の付録「宗論所対書目・宗論立敵図記」に詳しく、自他の書名およびその所在を挙げている。
内容については望月歓厚『日蓮宗学説史』、執行海秀『日蓮宗教学史』、渡辺宝陽『日蓮宗信行論の研究』等を参照されたい。
《『遺文辞典』教学篇「権実」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「権実」の項》
(浅井円道)