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開近顕遠

かいごんけんのん #5112

開近顕遠

かいごんけんのん

「近きを開いて遠きを顕わす」と訓ず。
ち法華経本門において、迹仏たる伽耶近成の執を開除して、久遠実成本仏たるを顕示することをいう。
寿量品には「然善男子我実成仏已来無量無辺百千万億那由佗劫」と伽耶成道の近成の執着を開いて、久遠の成道を示され、その本仏の寿命は「我成仏已来甚大久遠寿命無量阿僧祇劫常住不滅」と三世常住なることが明かされている。 『法華玄義』第一〇下には「法華の如きは三周に法を説きて聲聞を断奠し、咸く一実に帰す。 後に開近顕遠して菩薩の事を明す」とあって、迹門は開権顕実、本門では開権の化主の久遠成仏が明かされていると釈すのである。
この「開近顕遠」とは、法華経の説相を時間的な立場から見るときの表現であって、義は「開迹顕本」と同じである。 このことを『玄義』論用段において、「若し文の便を取らば応に開近顕遠と言うべし。 若し義の便を取らば応に本迹と言うべし秪(た)だ近を呼びて迹となし、遠を本となす。 名異にして義同じ」(九下)と記されている。
なお天台大師は『法華文句』九上に、本門正宗分を略開近顕遠と広開近顕遠とに釈している。 日蓮聖人はこれを受けて『法華取要抄』に順読法華・逆読法華を述べて、次いで本門の解釈について次のように示されている。 「本門に於て二の心有り。 一には涌出品の略開近顕遠は前四味竝びに迹門の諸衆を脱せしめんが為也。 二には涌出品の動執生疑より一半竝びに寿量品分別功徳品の半品、已上一品二半を広開近顕遠と名づく。 一向に滅後の為なり」(定八一三頁)とて、本門の正宗分は滅後末法衆生を利益されるために説かれたものと領解されている。
《『遺文辞典』教学篇「開近顕遠」「開会」の項、『日蓮辞典』「開近顕遠」の項》

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