添品法華経
添品法華経
てんぽんほけきょう
くわしくは添品妙法蓮華経、妙法蓮華経添品という。
漢訳の法華経には六種あったといわれるが、現存するのは正法華経、妙法蓮華経(妙法華経)、添品法華経の三本のみである。
添品法華経はその経名、経の序文等で明らかなように、鳩摩羅什訳の妙法華経になかった提婆品や普門品の偈文等が果して梵本にあるのかを確認し、補添する意図のもとに翻訳されたものである。
その構成を他本と対照してみると品名と順序は次のようである。
(正法華経・妙法蓮華経を正・妙と略称す)。
序品第一(Nidāna正は光瑞品と訳し、妙は序品と訳す)、方便品第二(Upāyakauśalya 正は善権品、妙は方便品)、譬喩品第三(Aupamya 正は応持品、妙は譬喩品)、信解品第四(Adhimukti 正は信楽品、妙は信解品)、薬草喩品第五(Oṣadhī 正は薬草品、妙は薬草喩品)、授記品第六(Vyākaraṇa 正は授声聞決品、妙は授記品)、化城喩品第七(Pūrvayoga 正は往古品、妙は化城喩品)、五百弟子受記品第八(Pañcabhikṣuśatavyākaraṇa 正は授五百弟子決品、妙は五百弟子受記品)、授学無学人記品第九(Vyākaraṇa 正は授阿難羅決品、妙は授学無学人記品)、法師品第十(Dharmabhāṇaka 正は薬王如来品、妙は法師品)、見宝塔品第十一(Stūpasaṃdarśana 正は七宝塔品、または梵志品、妙は見宝塔品第十一と提婆達多品第十二)、勧持品第十二(Utsāha 正は勧説品、妙は勧持品第十三)、安楽行品第十三(Sukhavihāra 正は安行品、妙は安楽行品第十四)、涌出品第十四(Bodhisattvapṛthivīvivarasamudgama 正は菩薩従地涌出品、妙は従地涌出品第十五)、寿量品第十五(Tathāgatāyuṣpramāṇa 正は如来現寿品、妙は如来寿量品第十六)、分別功徳品第十六(Puṇyaparyāya 正は御福事品、妙は分別功徳品第十七)、随喜功徳品第十七(Anumodanāpuṇyanirdeśa 正は勧助品、妙は随喜功徳品第十八)、法師功徳品第十八(Dharmabhāṇakānuśaṁsā 正は嘆法師品、妙は法師功徳品第十九)、常不軽菩薩品第十九(Sadāparibhūta 正は常被軽慢品、妙は常不軽菩薩品第二十)、如来神力品第二十(Tathāgatarddhyabhisaṃskāra 正は如来神足品、妙は如来神力品第二十一)、陀羅尼品第二十一(Dhāraṇī 正は総持品第二十四、妙は陀羅尼品第二十六)、薬王菩薩本事品第二十二(Bhaiṣajyarājapūrvayoga 正は薬王菩薩品第二十一、妙は薬王菩薩品第二十三)、妙音菩薩品第二十三(Gadgadasvara 正は妙吼菩薩品第二十二、妙は妙音菩薩品第二十四)、観世音菩薩普門品第二十四(Samantamukha 正は光世音普門品第二十三、妙は観世音菩薩普門品第二十五)、妙荘厳王本事品第二十五(Śubhavyūharājapūrvayoga 正は浄復浄王品第二十五、妙は妙荘厳王本事品第二十七)、普賢菩薩勧発品第二十六(Samantabhadrotsāhana 正は楽普賢品第二十六、妙は普賢菩薩勧発品第二十八)、嘱累品第二十七(Anuparīndanā 正は嘱累品第二十七、妙は嘱累品第二十二)となっている。
右のように添品法華経は提婆品を見宝塔品の中に含めて別品とせず、嘱累品を巻末に移し、陀羅尼品を薬王菩薩本事品の前に移している。
内容的には薬草喩品の後半部分を新たに翻訳増補し、陀羅尼品、普賢菩薩勧発品の陀羅尼を改訳し、提婆品、普門品の若干の語句を改めている。
羅什訳出当時の妙法華経になかった提婆品を梵本のように見宝塔品と合し、普門品の偈文の梵本にあることを確認し、品章の位置を梵本の順序に改めたことは、法華経の形態の相違に対する人々の疑問に答え得たかもしれないが、翻訳の当時すでに提婆品(法意訳)および普門品偈(闍那崛多訳)は妙法華経に付加されて用いられていたとみられるし、薬草喩品の後半も、竺法護によって正法華経の中で翻訳されているので、添品法華経は内容的には正法華経、提婆品、普門品偈を加えた妙法華経の域を出ていない。
また妙法華経がすでに広く鑽仰され、天台大師等の法華経観が世に現われていたので、添品法華経はほとんど独立の経典として認められていなかったらしく、経録でも単に妙法華経と称していた。
しかし後に法華経の解釈が微細な点にまで及ぶようになると、法華経の形態についての論争に証拠として引用されるようになり、また経録も妙法華経と区別して、添品妙法華経という独自の名称を与えるようになる。
従って添品法華経の特色は翻訳というより、当時の梵本に従って、提婆品と普門品偈があることを確認し、妙法華経の品章の順序を梵本の順序に改めた点にある。
そしてその内容と品章の順序が、現存の梵本と等しいことは、既に六世紀の後半には、現存と同じ形態の梵本が存在したことを示す証拠になっている。
なお一般に添品法華経は仁寿元年(六〇一)、闍那崛多、達磨笈多訳とされるが、経典自体がはっきりした翻訳という性格をもっていない影響もあってか、経録序文等によって多少の相違があり、明確でない点がある。
《『遺文辞典』歴史篇「添品法華経」の項、『日蓮辞典』「添品法華経」の項、『大蔵経全解説大事典』「〇二六四・添品妙法蓮華経」の項、『仏書解説大辞典』「添品妙法蓮華経」の項》