正法華経
正法華経
しょうほけきょう
西晋太康七年(三八六)に竺法護によって翻訳された法華経で、年代的に最も早く世に出た漢文の法華経であるのみならず、梵語、西蔵語等の他のあらゆる現存の法華経の写本よりも古い。
しかし内容的には後代の法華経にない経文が含まれていて、むしろ新しいか、あるいは特異な形態のものとみられている。
経録の上では正法華経以前に同じく竺法護の訳である『薩芸芬陀利経』が存在したと記すものがあるが、現存せず、実際の存在が疑われている。
羅什訳の『妙法蓮華経』と対照し、特異な点を挙げると、まず品章の名称と順序は、光瑞品第一―序品第一、善権品第二―方便品第二、応時品第三―譬喩品第三、信楽品第四―信解品第四、薬草品第五―薬草喩品第五、授声聞決品第六―授記品第六、往古品第七―化城喩品第七、授五百弟子決品第八―五百弟子受記品第八、授阿難羅云決品第九―授学無学人記品第九、薬王如来品―法師品第十、七宝塔品第十一・〔梵志品〕―見宝塔品第十一・提婆達多品第十二、勧説品第十二―勧持品第十三、安行品第十三―安楽行品第十四、菩薩従地涌出品第十四―従地涌出品第十五、如来現寿品第十五―如来寿量品第十六、御福事品第十六―分別功徳品第十七、勧助品第十七―随喜功徳品第十八、歎法師品第十八―法師功徳品第十九、常被軽慢品第十九―常不軽菩薩品第二十、如来神足品第二十―如来神力品第二十一、薬王菩薩品第二十一―薬王菩薩本事品第二十三、妙吼菩薩品第二十二―妙音菩薩品第二十四、光世音普門品第二十三―観世音菩薩普門品第二十五、総持品第二十四―陀羅尼品第二十六、浄復浄王品第二十五―妙荘厳王本事品第二十七、楽普賢品第二十六―普賢菩薩勧発品第二十八、嘱累品第二十七―嘱累品第二十二となっていて、形態の上での相異は嘱累品が最後にある点にある。
羅什翻訳当時の妙法華経には提婆品がなかったと見られているのに対し、正法華経には既に七宝塔品と合併するか、あるいは梵志品という名称で独立するかして編入されている。
また羅什訳にはなかった普門品の偈文は正法華経にもない。
次に正法華経のみにある特異なものは、薬王如来品(法師品に相当)の初めに、久遠劫の昔に、薬王如来の所において、転輪聖王宝蓋と太子善蓋が帰仏したことを述べ、その太子が釈迦仏の前生であるという本生の物語があり、それが薬王如来品という品名になっているのと、授五百弟子決品の初めに貧者が海中に入り如意宝を求める譬喩の物語がある等である。
その外にも註釈的文句のそう入されている箇所が散在しているが、それが原本にあったものか、正法華経の写本の段階で混入したものかは明確でない。
また妙法華経のみになく、正法華経を初め他の本にあるものに、薬草品の後半がある。
しかし以上のような相異によつて法華経全体の中心思想が特に変るという程のものではない。
正法華経は中国の訳経の歴史の上では、古訳の時代に属し、後世の妙法華経等のように国家的な援助の下で翻訳されたものでなく、西晋の動乱の中で、在俗の仏教信者達の協力により翻訳されたものである。
未だ経典の所説を十分に理解していない点があり、更に写本の誤伝等もあって読解に困難な文章である。
羅什のみ独り正しい翻訳者とみる日蓮聖人は、妙法華経と異なる正法華経の文に対しては、註法華経において二〇余カ所に亘って誤りとして指摘されているが、それは翻訳の誤りによる違いだけではなく、翻訳に用いられた梵本の相異に原因するものもある。
『正蔵』九巻所収。
《『遺文辞典』歴史篇「正法華経」の項、『大蔵経全解説大事典』「〇二六三・正法華経」の項、『日蓮辞典』『仏書解説大辞典』「正法華経」の項》