依智
依智
えち
今日では依知と書く。
中世の郷名。
相模愛京(甲)(あいこう)郡依智(神奈川県厚木市北部)。
厚木の北方に位置し、相模川と中津川とに挾まれた丘陵地。
この地は鎌倉時代に本間氏の邸宅があったことから、邸址の両側の土手を本間土手といい、屋敷を巡る小川を本間の用水、周辺の畑は本間の馬場と呼ばれ、この辺一帯が本間という地名ともなっている。
文永八年(一二七一)九月一二日の竜口法難後、日蓮聖人は本間六郎左衛門尉重連の代官右馬太郎の預かりとなり、佐渡配流出立の日である一〇月一〇日までの二八日間、この地に逗留した。
「たうじはほんま(本間)のえちと申すところに、えちの六郎左衛門尉殿の代官右馬太郎と申す者あづかりて候が、いま四五日はあるべげに候」(定五〇三頁)と、九月一五日付の富木氏宛書簡がある。
この依智は本間六郎左衛門尉重連の邸宅本領の地であった。
九月一三日の夜、日蓮聖人が、法華経の行者の誓言を月天に向って立ち、仏敕の験を請うたところ、「天より明星の如くなる大星下りて前の梅の木の枝にかかりてありしかば(略)」(定九七〇頁)という星下りの奇瑞が現れた。
今日、星下りの霊場として伝えられるものに明星山妙純寺(厚木市金田)、星梅山妙伝寺(同市上依知)、宝塔山蓮生寺(同市中依知)の三ヵ寺がある。
《『遺文辞典』歴史篇「依智」の項、『日蓮辞典』「依智」の項》