己心
己心
こしん
自分の心。
他心に対する。
『観心本尊抄』四十五字法体段には「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出たる常住の浄土なり。
仏既に過去にも滅せず未来にも生ぜず。
所化以て同体なり。
これ即ち己心の三千具足三種の世間なり」(定七一二頁)とある。
これについて「凡夫の己心」「果上の己心」等の解釈がなされているが、『観心本尊抄』の文脈に従うならば受持者の己心と表現するのがより正確であり、これは単に凡夫の己心、果上の己心と規定しえないものがある。
『観心本尊抄』における問答の主題は凡心具仏界の問難であり、これを聖人は受持譲与段で受持具と決釈されたのである。
受持は信に立脚して超越の釈尊を内在的に受領することである。
行者は受持の自己否定を媒介として久遠釈尊の譲与に生かされる。
従って受持者の己心とは久遠釈尊に生かされた世界と表現しうる。
釈尊所具の己心とは釈尊によって証明された真実の自己であり、『観心本尊抄』ではそれが妙法五字受持の信によってのみ実現することを説いて、法華経の成仏(一念三千の成仏)を論証されたのである。
《『遺文辞典』教学篇「己心」の項、『日蓮辞典』「己心」の項》