妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

中古天台

ちゅうこてんだい #314

中古天台

ちゅうこてんだい

中古の台、中古日本台のこと。
伝教大師最澄を開祖とする日本天台宗の歴史の中で、平安時代末期院政時代から江戸中期元禄・享保(一六八八-一七三五)の頃までの約六〇〇年間の天台宗を一括してこれを中古天台の時代とし、その期間の天台教学を総称して中古天台とする。
これより以前を上古台、以後を近古(近世)台と呼ぶ。
中古天台という名称の由来は、かつて本覚思想研究に着手した島地大等(一八七五-一九二七)が、鎌倉新仏教発生の背景に叡山天台教学の存在は看過できないとして、大正一五年(一九二六)に「日本古天台研究の必要を論ず」(『思想』第六〇号)を発表、その中で日本天台を(中)古天台と近古天台とに分かち、ことに鎌倉教発生の母胎となった古台の研究の必要なことを提唱したことに始まる。
その後、島地の高弟硲慈弘が古台の研究を進めて平安末期より近世中頃までの日本台を「中古の台」と呼称するに及んで中古天台の名称が一般に用いられるようになった。

もっとも、この中古天台という名称については、既に日蓮聖人の『四信五品鈔』にみられるところであって「恐くは中古の天台宗の慈覚・智證の両大師も天台・伝教の善知識に違背し」(定一二九六頁)とある。
しかしここでは慈覚大師円仁、智證大師円珍の頃を指して中古天台宗としているのであるから、今日いわれる中古天台とは同名異である。
日蓮聖人在世の頃に円仁・円珍の時代を中古天台宗と称していたのであろう。下って江戸時代、禅智院日好が「修成を始覚として本有の理を本覚と云也。台家中古より専ら始覚本覚を迹・本に分対せるなり」(『録内扶老』)と論じ、また一妙院日導の『祖書綱要』に「按るに真言家秘密灌頂有り、中古天台宗亦之を用ゆ」とみえる。
ここで日好、日導が指摘した中古は、いわゆる今日いうところの中古の天台宗を指している。
なお歴史学の区分からみると、中古天台は中世台と呼ぶとする説もある。

円仁円珍らが真言教学を導入して樹立した顕密一致の教判は、安然によって更に天台密教として大成された。
その後、密教事相の大成者皇慶(九七七-一〇四九)やその弟子勝範(九九七-一〇七七)らが出て密教事相の口決や秘伝が伝来されるなど、更に真言思想が導入されたことによって本覚思想が本門思想の胚胎と最澄以来の止観思想と相俟って台頭した。
こうした風潮背景から口伝主義が発生し、独自な観心主義や本覚思想が高揚するに至った平安末期院政期が中古天台の始まりとされ、江戸中期元禄・享保の頃、天台宗安楽派の戒律復興提唱、妙立慈山(一六三七-九〇)、霊空光謙(一六五二-一七三九)による中国趙宋天台学鼓吹、とくに霊空が『闢邪編』を著し、観心主義や玄旨帰命壇の弊害を批議したことによって中古天台の終りと見なされている。
この中古天台の高調した本覚思想を、先行する本覚思想と区別してとくに天台本覚思想と呼ぶ。
総じて中古天台教学を天台本覚思想とも称している。

しかしながら、六〇〇年余りにも及ぶ中古天台には思想の変遷がみられるのであって、従来の研究によるとおよそ三期に区分される。
第一期=発生成立の代=観心主義思想の胎動(平安末期院政時代―鎌倉末期)。
この期、比叡山僧風の堕落、秘事口伝の重視、それに伴って学問(文献・教相主義)の衰退による己証の観心主義の勃興、口伝法門が成立して恵心檀那両流を形成せしめ、この二流が主流となって更に口伝法門は醸成発展していった。
了性房信尊や円頓房尊海によって仙波を中心に関東台が興隆せられた。
一実神道説の成立もみられた。
第二期=発達・堕落の代=観心思想の爛熟期・中古天台教学の全盛時代(南北朝期―室町・戦末期)。
恵心檀那両流八門の分派をみ、各々門派伝承する宗要・義科・問要などの相承口決の収集、編纂が行われた。
各派の門戸が閉され、口伝に口伝を生んで種々の相伝書の出現をみ、四重興廃判・止観勝法華劣の発達、三重七箇法門(恵心流)、玄旨血脈(檀那流)より玄旨帰命壇の発達など学の大成がなされた。
仙波の関東台が隆盛をきわめ、多くの日蓮門下がここに学んだのもこの期である。
学は発達して極地に達した反面、口伝血脈の世襲化や「我意に任せて書を造り、錦の袋に入れて頸に懸け、箱の底に埋めて高直(こうじき)に売る」(『立正観抄』定八五〇頁)、「博千金莫伝之」とてその売買が行われる傾向を生じた。
第三期=伝承持続代(徳川初期―中期)。
思想の発達変化なく、学思想体系が持続される。
観心主義の弊害がみられ、玄旨帰命壇は極に達して邪道に陥る。

この従来の区分説に更に本覚思想の進展による中古天台の区分が試みられている。
ち、天台本覚思想は以下の四段階をへて進展していったとされる。

第一期=口伝代(平安院政期―平安後期)。
口授口伝・切紙相承
第二期=文献化代(平安後期―鎌倉初期)。
口伝・切紙相承の収集とその文献化。
第三期=体系化代(鎌倉中期ごろ)。
四重興廃判、三重七箇法門、一心三観血脈などの学の体系化。
第四期=注釈代(鎌倉末期―南北朝―室町代)。
本覚思想の集大成とそれについての注釈書の著述(田村芳朗説)。

また中古天台が口伝法門で口授形式であった以上、その文献の成立年代を確定することは非常に困難であるが、次のような文献成立年代が設定、試みられている。

○第一次的形態(平安末期ごろ)=『本大綱集』(最澄)、『円多羅義集』(円珍) ○第二次的形態(平安末期―鎌倉初期)=『牛頭決』(最澄)、『五部血脈』(最澄)、『本覚讃』(良源)、『本覚讃釈』(源信) ○第三次的形態(鎌倉初期―鎌倉中期)=『真如観』(源信)、『枕双紙』(源信) ○第四次的形態(鎌倉中期―鎌倉末期)=『修禅寺決』(最澄)、『断証決定集』(最澄)、『三大章疏七面相承口決』(最澄)、『漢光類聚』(忠尋)、『法華略義見聞』(忠尋) ○第五次的形態(鎌倉末期―南北朝期)=『法華経肝要略註秀句集』(最澄)、『法界心体論』(最澄)、『紅葉抄』(澄豪)、『河田谷十九通』(信尊)、『一帖抄』(俊範)、『二帖抄』(全海)、『八帖抄』(一海) ○第六次的形態(南北朝期―室町代)=『蔵田抄』(豪海)、『等海口伝抄』(等海)、『八帖抄見聞』(直海)、『七帖見聞』(貞舜)、『二帖抄見聞』(尊舜)。
三大部見聞』(尊舜)、『法華鷲林拾葉鈔』(尊舜)。
(田村芳朗説)  この年代区分は先の本覚思想進展の四期の区分に相応するものである。
学内容をみると、観心主義の発達による四重興廃判、三種法華経の展開による根本法華の強調、これらによって本迹未分止観、天真独朗理非造作の絶対観心をたてる。
これが中古天台教学の根幹となって当体全是の肯定思想や凡夫の無作三身本仏の思想が生れてくるのである。
従って止観は法華より勝る(止観勝法華)という極論がなされる。
位を本仏となす無作三身説(理顕本)、非造作の理をそのまま現実の事相にあてて「事の成立は爾前も迹門も本門も皆仮の施設なり」(『三十四箇事書』)とて事常住を説いて現実絶対肯定するに至り、現実の凡夫の所作一一物そのものがの顕現とみなす。
衆生凡夫の本来覚体、凡夫の無作三身とするのが中古天台の主眼である。
口伝形式をとったため恣意的な解釈が行われ、数法相配釈や字訓釈などが指摘されている。

日蓮聖人中古天台との交渉については、遺文に中古天台義が指摘できることから、その関連如何が問われているのであるが、早くに園城寺の敬光(一七四〇-九五)が日蓮教学を『修禅寺決』の脱化とみなし、日蓮宗から天台宗に転じた舜統院真迢(一五九六-一六五九)が『修禅寺決』は日蓮末弟の謀作と断じたほどに日蓮教学と『修禅寺決』(中古天台)との類似が問われた。
近代になると鎌倉新仏教発生の母胎が叡山中古天台であったことから前田慧雲、上杉文秀、島地大等らが日蓮聖人の学説は中古天台の亜流・直系であると論じて日蓮宗学界に一つの波紋を投じた。
この清水龍山が「吾祖の学説の由来について」を発表してこれに対し、日蓮聖人中古亜流説を斥けている。
また一方では叡山遊学における学師についての研究が発表され、島智良(「台当交渉史稿」)、山川智応(「叡山に於ける日蓮聖人の師友の研究」)によって大和荘俊範学師説が提示された。
叡山において日蓮聖人恵心檀那両流を兼学したことがやはり両者によって指摘されている。
この中古天台亜流・直系説はまた浅井要麟祖書学や日蓮聖人遺文の文献学的研究を生む素因ともなった。

日蓮聖人滅後、初期の四条門流中山門流では観心偏重や四重興廃判を斥けているが、南北朝へと時代がすすむと、教学拡張のために日蓮門下の多くが比叡山や仙波の関東天台を学ぶに及んで、中古天台教学を摂取し、もって日蓮教学の進展や日蓮聖人遺文の解釈を試み、ひいては恵心流の三重七箇法門をもって三大秘法を釈したり、聖人遺文を偽作するにも至っている(例えば『本因妙抄』『御義口伝』等)。
行学院日朝をその代表とする身延門流富士門流を始め、南北朝から室町期にかけての門流はこぞって中古天台摂取に努めて学の進展を計った。
そのため学史上、室町期の門流教学時代を日本中古天台心酔時代と評され、こうした傾向は一方に教学の純粋性を問うた八品派の日隆を生み、のちに三光無師会を生む一因にもなるのである。
《『日蓮辞典』「中古天台」の項、島地大等『天台教学史』、同『日本仏教教学史』、硲慈弘『日本仏教の開展とその基調』、浅井要麟『日蓮聖人教学の研究』、塩田義遜『法華教学史の研究』、望月歓厚『日蓮教学の研究』、執行海秀『日蓮宗教学史』、同「中古天台と法華思想の連関」『法華経の思想と文化』、田村芳朗『鎌倉新仏教思想の研究』、浅井円道・田村芳朗・多田厚隆・大久保良順『天台本覚論』、小松邦彰・花野充道『法華経と日蓮』『日蓮の思想とその展開』『日蓮団の成立と展開』(春秋社『シリーズ日蓮』一・二・三)
(高橋謙祐)

← 事典トップ