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止観勝法華

しかんしょうほっけ #3654

止観勝法華

しかんしょうほっけ

止観勝法華劣に同じ。
止観(観心)と法華経との勝劣教判
観心の超勝を説く日本中古天台の代表的思想で、天台智顗己証の天真独朗の止観は法華経本迹未分の処に立てる止観であるから法華経に勝れ、法華経は止観に劣るという義。
日蓮聖人遺文の『立正観抄』(写本日進本)に「天台至極の法門は法華本迹未分の処に無念の止観を立て最秘の大法とす」(定八四九頁)とある。
止観勝法華判の創唱については、観心主義の高調によるのであるが、この観心高調によって四重興廃教判が生れ、観心の超勝性が強調されるにおよんで止観の法華経よりの勝位が主張されたといわれている。 また止観・観心の超勝の落着として定型的な四重興廃判が現れたとする説もある。
法華経の教相を捨てた観心を説く止観勝法華の説よって来たるところは教外別伝・不立文字・見性成仏等の禅宗教義にあるとされる。
この点『立正観抄』は「此止観(無念の止観)法華経に依らずといはば天台の止観教外別伝の達磨の天魔の邪法に同せん」(定八四九頁)、「当世の天台家(略)所学の法門は達磨の僻見と善無畏の妄語とに依る」(定八五〇頁)と伝えている。
止観勝法華説は日本中古天台でも主に慧心流で沙汰されているのであるが、成立期には幾説かある。
(1)浅井要麟は関東田舎天台、仙波の円頓房尊海、(2)山川智応は大和庄俊範の弟子静明、(3)林宣正は静明の弟子心賀(以後)、と各々創唱者をたて、(4)田村芳朗は静明あたりで起り、心賀ないし尊海あたりで現れてきたとしている。
因にこの創唱者を誰にするかにより止観勝法華・禅勝止観のみえる『立正観抄』に対して偽撰説が出ている。
『立正観抄』は止観勝法華説を「大なる僻見也」(定八四九頁)と破している。
浅井要麟『日蓮聖人教学の研究』、田村芳朗『鎌倉新仏教思想の研究』、山川智応「立正観抄に対する疑義について」、林宣正「止観勝法華思想と仙波教学」、『遺文辞典』教学篇「止観勝法華」の項

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