性相
性相
しょうそう
性とは諸法の本質、実在、本体等を意味し、相とは諸法の第二義的な性質、属性、現象等を意味する言葉として用いられる。
倶舎・唯識においては、諸法の性とは諸法の平等一味の性質である真如をさし、諸法の相とは五位七十五法あるいは五位百法というように分類される諸法の差別相をさす。
性と相とを対立概念あるいは関連概念として用いることは、中国仏教において明確になった思惟方法のようであって、特に玄奘はサンスクリット原典の翻訳に際して性・相の語を用いて訳しているところがあるが、これは原文の趣旨以上の思想的意味を加味したものと認められる。
たとえば、世親『唯識三十頌』の第五頌に末那識を説明して「思量を性質とする(manana-ātmakam)」とあるのを「思量を性・相となす(思量為性相)」と訳し、また第八頌に六識を説明し、「境を分別するものである(viṣayasya-upalabdhiḥ)」とあるのを「境を了するを性と相となす(了境為性相)」と訳し、しかも『成唯識論』においては、この場合の性と相とを別個の概念とみることにして註釈を施している。
しかしサンスクリット原典からみれば性と相とを区別すべき理由は見当らない。
玄奘のこのような訳語は、彼の当時に中国仏教において既に存した思惟方法にのっとって、彼が訳出をなしたものと思われるが、また彼のこのような訳出の仕方によって性・相を区別する思惟方法が一層明確になった点もあると考えられる。
玄奘の弟子の窺基は『唯識三十頌』を性・相・位の三科に分科している。
第一-二四頌は唯識の相、即ち諸法の現象の方面を明かし、第二五頌は唯識の性、即ち諸法の本質・実在としての真如を明かし、第二六-三〇頌は唯識の位、即ち究極の悟りに至る実践的階梯を明らかにしたものであるというのである。
この科判によれば『唯識三十頌』の叙述は大部分、諸法の相を説いたものであって、諸法の性を説くことはわずかである。
恐らくこのような点から唯識説は諸法の相、即ち法相を説くものとされ、法相宗の名称が成立するに至ったのであろう。
これに対して、諸法の性を中心にし、法を究明する立場に立つのが法性宗である。
華厳宗の澄観の『大方広仏華厳経随疏演義鈔』(巻七九)に「真に即するの有は是れ法相宗、有に即する真は是れ法性宗なり。
両相離れずして方に無礙の真仏心を戒ず」とて、二つの宗を分けて説明している。
これによれば、いかなる仏教の思想にも性と相との二つの要素が含まれているのであるが、そのいずれに重点を置くかによって、法性宗と法相宗の相違が生ずるのである。
従って本来は宗派の名称ではないわけであるが、しかし実際上は玄奘・窺基によって中国にもたらされた唯識説を、諸法の相に重点を置く学説であると見て、これを法相宗と規定し、この法相宗に対抗し、あるいはこれを乗り越えるものとして、諸法の性を中心とする立場に立つものを法性宗と称した。
華厳宗の教判においては大乗始教を法相宗、大乗終教と円教とを法性宗と称している。
法性宗を現実の宗派にあてはめる場合は大体、華厳宗、天台宗、真言宗などをさす。
これらの宗においては恐らく法相宗に対抗するための理論として用いられたのであろうが、法性宗の立場をあらわすものとして『大乗起信論』の教義が取り入れられた。
思想内容からみると法相宗は、玄奘・窺基系統の唯識説の思想、法性宗は『大乗起信論』の思想をさす場合が多い。
同じく澄観の『華厳経綱要』には法相宗と法性宗との十異(十種の相違)を挙げている。
その要点を記すと次のようである。
(1)相宗―三乗真実、一乗方便。
性宗―三乗方便、一乗真実。
(2)相宗―五姓各別。
性宗―一性皆成仏。
(3)相宗―萬法は阿頼耶識一心より生ず。
性宗―真如と無明と和合して諸法を縁起す。
(4)相宗―真如凝然不作諸法。
性宗―真如に不変・随縁の二義あり。
(5)相宗―遍計は空、依他と円成は有、有為無為各別。
性宗―依他の無性が即ち円成実性、遍計は空。
(6)相宗―衆生界不減、仏界不増。
性宗―生仏二界は不二・不増不減。
(7)相宗―俗空真有、空有各別。
性宗―即有の空が真諦、即空の有が俗諦、真空妙有。
(8)相宗―生住異滅の四相は前後異時、
性宗―四相は一時、生即滅。
(9)相宗―智と惑、心と理は各別、
性宗―智の外に惑なく、智と真如は不二。
(10)相宗―如来の四智、受用身は有為無論、
性宗―色心即法性なるゆえ、仏の色心は無為常住。
以上に見られるように、法相宗は主として玄奘所伝の『成唯識論』の説、法性宗は『大乗起信論』の説によっている。
宇井伯壽は『仏教汎論』その他の著作において、法相宗を性相別体論(性相平行論)と規定し、これに対し法性宗は性相融会を説くものであると述べている。
このように法相宗は真如随縁を説かない点で性・相を隔離させていると批判的に見られているのであるが、決して性の立場を無視しているのではなく、性についても論じている。
主として法相宗で取扱う倶舎・唯識の学問は、性と相とを分別して諸法の組織を分析的に説いているので、一般に「性相(しようぞう)学」と称されている。
《宇井伯壽『仏教汎論』上、『遺文辞典』教学篇「性相」の項、『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』「性相」の項》