法相宗
法相宗
ほっそうしゅう
中国一三宗の一、南都六宗の一。
唯識宗ともいう。
『解深密経』等の六経を所依の経とし『成唯識論』『瑜伽論』等の一一論を所依の論とする。
この源流はインドの唯識学派(瑜伽行派)である。
無著・世親によって大成された唯識学派の学説は、その後多くの学匠によって発展をみたが、そのうち特に護法(ダルマパーラDharmapāla=五三〇-五六一)の学説を正義とする唯識説が、唐の玄奘(六〇〇-六六四)によって中国に伝訳されたものが法相宗となった。
開祖は玄奘の高足、窺基(慈恩大師=六三二-六八二)である。
第二祖は慧沼、第三祖は智周。
わが国へは奈良時代、道昭(六二九-七〇〇)によって伝えられ六五三年に帰国後、飛鳥法興寺で法相宗を広めたのが初伝とされるが、以後、六五八年に入唐した智通・智達も法相宗を広め平城右京に元興寺が創建されると法相宗も移り元興寺伝、南伝といわれた。七一七年に入唐した義淵の弟子玄昉も興福寺にあって法相宗を興し、興福寺法相宗の基をきずいた。
平安時代、伝教大師と法相宗の徳一との一乗真実か三乗真実かの論争は有名で、遺文にもたびたび引用されるところである。
この派の学問は、仏教の基礎学問として、法相宗のみならず諸宗において兼学されている。
《『遺文辞典』歴史篇「法相宗」の項、『岩波仏教辞典』「法相宗」の項》