無著
無著
むじゃく
「むちゃく」とも。
アサンガAsaṅga。
インド大乗仏教における唯識学派(正式には、「瑜伽行唯識学派」、別名、瑜伽行派)の大成者。
年代は三〇〇-四〇〇年頃、あるいは四〇〇-五〇〇年頃、三九〇-四八〇年頃とする説もある。
北インドのプルシャプラ(Puruṣapura=今のパキスタンのペシャワール)に生れ、弟は世親(ヴァスバンドウVasubandhu天親)である。
初め小乗有部(または化地部)で出家し、のち大乗に転じたが、あるとき禅定に入って神通力に乗じ、兜率天に昇って弥勒菩薩から瑜伽行唯識の教義を教えられ、それを地上にもたらして弘めたと伝えられる。
著書に『摂大乗論』『大乗阿毘達磨論』『顕揚聖教論』その他がある。
かれが弥勒菩薩より授かって弘めたと伝えられる論が、伝承では「弥勒の五法」といい五書とされるが、中国とチベットでは伝承が違い、そのため両伝承の書物を合計すると八書となるが、さらにすべてが無著の著作とはされていない。
この場合は無著は唯識学派の開祖と見られることになるが、今日では一般に、この学派の開祖は歴史的人物としての弥勒であって、無著はその弟子であるという見方をとるものが多い。
歴史的人物としての弥勒の実在を認めるか否かという問題については、いまだ明確な結論は出されていない。
歴史的な人物としての弥勒の実在を認める説は宇井伯寿博士を代表とするものであるが、現在ではその説を採る研究者は少ない。
ただし、歴史的人物としての弥勒は存在しないとしても、無著以前に瑜伽論師の系統が存在していたということはほぼ認められている。
先行研究においては、先師の集団によって継承されてきた教学を無著がまとめた際に権威付けとして弥勒の名前を借りたとする説、弥勒を無著の瞑想上の存在とみなす説などがある。
《『遺文辞典』歴史篇「無著・無着」の項、『岩波仏教辞典』「無着」の項》