不変・随縁
不変・随縁
ふへん・ずいえん
随縁・不変の対語で、本性としての不変なる心真如が無明の縁に随って起動し諸法の差別相をあらしめていることをいう。
真如には不変と随縁との二面があり、これを不変真如・随縁真如という。
心真如の生滅を越えて永遠に存続し染浄差別のない本体的な局面を不変といい、縁に随って生滅変化ある諸法の染浄差別の相を現ずるに至る現象的な局面を随縁という。
以上が仏教学一般での意味であるが、日蓮聖人の『成仏法華肝心口伝身造鈔』によると、随縁真如とは心が前五識に下って分別の性をなし無明と同体であるところをいい、不変真如とは第九識に進んで本理妙覚にかなって法性と同体であるところをいう。
『万法一如鈔』によれば、前者は有分別有覚了の心、後者は無分別無覚了の心で寂静湛然なるところを名けるという。
即ち心性本有の十界なのである。
但し、これら二書とも偽書とされており、聖人真撰遺文には随縁・不変の語は見えない。
《『遺文辞典』教学篇「不変真如」「随縁真如」の項》