常寂光土
常寂光土
じょうじゃっこうど
天台大師智顗が『観無量寿経疏』等で説いた四土の中の最勝の土にして、法身が自受法楽したもう仏土とされる。
常とは生滅変化のない法身、寂とは煩悩の惑乱なき解脱、光とは万物を照らす智慧の意味。
法華経の結経たる『観普賢菩薩行法経』の「釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名けたてまつる。其の仏の住所を常寂光と名く。常波羅蜜に摂成せられたる処、我波羅蜜に安定せられたる処、浄波羅蜜の有相を滅せる処、楽波羅蜜の身心の相に住せざる処、有無の諸法の相を見ざる処(法身)、如寂解脱、乃至般若波羅蜜なり」の経文から智顗は常寂光土の名目を導き出したといわれる。
法身・般若・解脱の三徳、常・楽・我・浄の四徳波羅蜜の大涅槃界を常寂光土と称するの謂である。
『浄名疏』一に「円教の願行の因を修して因極果満し、道、妙覚を成じて常寂光土に居す」というによれば、妙覚を証得したときの依報が常寂光土であるから、常寂光土は修得の土である。
しかし元来は法身所居の土であるから理土でなければならぬ。
法身とは諸仏の所証の理であり、法身は『普賢経』にも「毘盧遮那遍一切処」とあるように、法界に周遍し、一切処に遍満する。
故に諸仏が法身を証したときは、その仏の一身一念は法界に遍満する道理であるから、湛然も『弘決』五に「当知身土一念三千、故成道時称此本理一身一念遍於法界」という。
その依報を常寂光土と名けるとすれば、常寂光土とは釈尊が真理を悟って、悟った真理が人類全体の所有に帰した、あるいは所有に帰する可能性を有するに至ったところをいうに外ならないから、理土である。
娑婆乃至他の三土に貫通した性土である。
この点について智證大師円珍は『普賢経記』下末で「其仏住処名常寂光」の経文を解説して、法身の依正を分離して依報の土は常寂光土、正報の身は法身であるとするのは一往の分別にすぎないのであって、実は正報の法身は遍一切処であると同時に、報身智からみれば所証の境(依報土)であると考えるとき、法身の依報たる常寂光と正報の法身とは同一であり、同体の異名に外ならないという。
これ湛然の『釈籤』の依正不二門の意でもある。
日蓮聖人にも修成の土と理土との両様の常寂光土観がある。
『如説修行鈔』に「南無妙法蓮華経と唱て、唱へ死に死ぬるならば(略)二聖・二天・十羅刹女は受持の者を擁護し、諸天善神は天蓋を指し、旛を上て我等を守護して、慥かに寂光の宝刹へ送り給べき也」(定七三七-八頁)、『千日尼御返事』に「故阿仏房一人を寂光の浄土に入れ給はずは、諸仏は大苦に堕給べし」(定一七六一頁)とし、法華受持者の死後の住所を寂光土とされたわけで、これはまた霊山浄土と同義語である。
次に『一念三千理事』に「仏(略)国土世間十如是、寂光土」(定七八頁)、『如説修行鈔』に「寂光の本土」(定七三七頁)、『呵責謗法滅罪鈔』に「地涌の上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩等を寂光の大地より召出して」(定七八二頁)、『三大秘法抄』に「所居の土は寂光本有の国土也。能居の教主は本有無作の三身也。所化以て同体也」(定一八六二頁)とあるのは理土である。
『本尊抄』に「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出たる常住の浄土也」(定七一二頁)とは、娑婆世界の本時は浄土であるともいわれるのであるから、理土である。
娑婆世界の理性は常寂光土であると信じ崇めて、この理性を顕現すべく努力することが立正安国である。
《『遺文辞典』教学篇「常寂光土」の項、『日蓮辞典』『天台学辞典』『岩波仏教辞典』「常寂光土」の項》