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三身四土

さんじんしど #234

三身四土

さんじんしど

法報応の三身の所住に同居・方便・実報・寂光の四土ありとする天台大師の説。
一に同居土は凡聖同居土の略。 凡夫と聖者とが同居する土。 これに穢土浄土とあり、穢土は六道が居り国土雑穢なる娑婆世界。 浄土は四悪趣なく、人天四聖が同居する国土宝荘厳の極楽穢土の衆生は劣応身(歴史上の釈迦)を見、浄土の衆生は勝応身(弥陀尊)を見る。
二に方便土は方便有余土の略。 方便道を修して見思を断ずる故に方便といい、塵沙無明の惑を残す故に有余という。 二乗・菩薩の住所にして、この衆生は勝応身を感見する。
三に実報土は実報無障礙土の略。 無明を分々に断じて中道実相を分々に証得する故に実報といい、色心に自在を得る故に無障礙という。 純ら菩薩のみの住する土。 別の地上、円教の住上の住所で、他受用報身を感見す。
四に寂光土は常寂光土の略。 常とは法身、寂とは解脱、光とは般若にして、三徳を究竟したの住所。 ここでは法身を証得し、自受用報身に安住する。 それに円教願行を修して妙覚を成じたる者の住する仏土(『浄名疏』)とする説と、周遍法界法身の所居であるから土であるとする説(『普賢経』)とがある。
しかし四土は一応の分別であって、土体は一であり、四土は娑婆に対する感見の相違にすぎないとするのが円教の円融相即の論理であるから、湛然も『法華文句記』会本二六に「豈に伽耶を離れて別に常寂を求めんや。 寂光の外に別に娑婆有るに非ず」という。
四土不二のことについては日蓮聖人も『聖愚問答鈔』に「今法華経は十界互具一念三千・三諦即是・四土不二と談ず」(定三六九頁)、『三世諸仏総勘文鈔』に「寂光をば鏡に譬へ、同居と方便と実報の三土をば鏡に遷る像に譬ふ。 四土も一土なり」(定一七〇四頁)と云われるところである。
智顗観無量寿経疏』、『維摩経略疏』、『遺文辞典』教学篇「三身」「四土」の項、『天台学辞典』『岩波仏教辞典』「三身」「四土」「方便有余土」「常寂光土」の項

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