妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

南無

なむ #978

南無

なむ

梵語namasの音写で種々の訳があり、恭敬・敬従・信従・帰趣・帰礼・敬礼・礼拝・屈膝・我礼・稽首・度我・救我・驚怖等と訳されるが、古来から帰命の訳が最も多く用いられている。
帰命とは身命(身・口・意の三業を含む)を捧げて帰信することである。
日蓮聖人南無について「南無と申すは天竺のことばにて候。漢土・日本には帰命と申す。帰命と申すは我が命を仏に奉ると申す事なり」(定一二六二頁)、「南無と申す字は敬ふ心なり。随ふ心なり」(定一七八五頁)等と解釈されている。
聖人における「南無」とは自分の全生命を妙法五字に捧げ、絶対なる信をもって帰依し従うことである。
それは屈従の意味ではなく、自己と妙法五字が一体となり、妙法五字が自己の中に生きることであり、妙法五字に具足した釈尊の因行果徳の二法が釈尊から譲与されることを意味する。
また究極的には妙法五字のための捨身弘法の色読をも意味するのである。
《『遺文辞典』教学篇「南無」の項、『日蓮辞典』『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』「南無」の項、『岩波仏教辞典』「南無」の項》

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