妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

金言

きんげん #5038

金言

きんげん

の口から出た法語。
真実にして偽りがないから誠言(じようごん)ともいう。
日蓮聖人には法華経の文字を「如来の金言」「生身」とみる考え方が存する。 これは強烈なる法の重んじ方から生じる。
ち法華経を随自意の経と受取り、法華経は釈尊の心が言葉を媒介として文字という経になったとみると、この経によってのみ釈尊の心は覚知されるのであり「法華経」即「釈尊」という考え方が成立するのである。
これは天台大師から日蓮聖人へと継承された信仰によるが、天台には法華経の文字に内包される理念的世界を訓詁的な義学によって整理し体系づけるという操作が強いのに対し、聖人は「今此三界皆是我有、其中衆生悉是吾子等云云。 教主釈尊は此功徳を法華経の文字となして一切衆生の口になめさせ給ふ」(定九四四頁)等といって、法華経の文字を端的に教主釈尊と受容されるのである。
《『遺文辞典』教学篇「金言」の項、『日蓮辞典』「金言」の項》

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