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九字

くじ #363

九字

くじ

『望月仏教大辞典』に「九字明より成る術。 又九字法、六甲秘祝、或は九字の大とも名づく。 ち、臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前、の九字を唱え、後、四縦五横の直線を中に畫するを言う。 又縦横法の称あり、是れ災害を禳い、勝利を制せんが為に修せられる一種の法なり。 主として道若しくは兵に行わる」。
抱朴子内篇第四登渉篇に「山に入るは、宜しく六甲秘祝を知るべし、祝に曰はく、臨兵闘者皆陳列前行と、凡そ九字は常に密に之を祝すべし、避けざる所なく要道煩はされず」と云い、往生論註巻下に「行帥の陳に対つて、但た一切歯中に臨兵闘者皆陳列前行と誦す。 此の九字を誦すれば、五兵の中らざる所なり、抱朴子に之を要道と謂う者なり」と言える是なり。 「或は此九字の九は陽の満数なれば、陽数を以て陰気を伏するの意を示すものなりとも言えり。 蓋し、此の法は元と教の説に非ずと雖も後世兵法の秘伝として我が国に伝えられ、又真言密教の一部に混入し、修験道の一派に於て之を相承するに至りて其の作法の如きも稍複雑となれり」とある。
わが宗では、この九字の初見は日蓮聖人御消息の『四条金吾殿御返事』(剣形書・定一六八五頁)で「臨兵闘者皆陳列在前の文も法華経より出でたり」とあるが御遺文で九字を出されたのは、この御書だけであり、この御書については真偽未詳のところである。
また後世「九字經」と呼ばれた御祈祷経の、初めての解説書である日像の「祈祷経之事』には、この九字について未だ何ら言及するところがない。
この九字を取上げて初めて解説したのは身延山第一二世円教院日意で、文亀三年(一五〇三)著の『首題剣形相伝』の中において剣形の大事と共に九字の大を会通している。
いま『首題剣形相伝』の九字に関する個所のみを、長瀬東洲篇著の『本化祈祷秘伝書』より転載して初めて採り入れられた九字に対する、本宗の反応を示すと、「九字、十字の大事」(本尊論資料一八○頁にもあり)「尋て云く、兵法に於て九字、十字の大と云うこれ有り。 彼を移し当家に於て習うこれ有る耶。 答う、彼九字とは、臨兵闘者皆陣列在前の九字也。 十字のは行住坐臥の所用に隨って一字書くべき也云云。 当流に於て九字を習ふに、本地垂迹の上で彼の九字、十字を移す也。 本地では“南無妙法蓮華経上行”。 垂迹では“南無妙法蓮華経日蓮”也。 十字のは“南無妙法蓮華経上行唱”の十也。 垂迹のは“南無妙法蓮華経日蓮判”也。 本地、唱の一字を加ふる意は、経に唱導之師と説く故也。 垂迹に判の一字を加うる意は、判無きは決智に足らざる故也。 又口決に云く、天竺では薩達摩芬陀利素多覧の九字也。 漢語では妙法蓮華経序品第一、次の如く臨兵闘者皆陣列在前の九字也。 此九字天台宗にしては、顕密一致の時は八葉九尊と習ふ也。 さて十字のは何れにても、所用を指して一字加うべき也云云。 尋て云く、彼の九字妙法蓮華経序品第一に対する心如何。 答て云く、是は只九におわせば、法華の九字に対する迄也。 強いて義分にては之れ有るべからざるか。 但し義を廻らさば、之無きに非ず。 妙を臨とする心は、妙は心也。 臨と書くは心の所作也。 法を兵に対する心は、兵はアマタの義也、法は妙法の義也、是もアマタの意也。 或は法は法也、法は成敗の義也。 又兵は刑敵の義也。 法又此意也、蓮を闘に対するは蓮は果也、果は因にたたかうて顕はるる也。 華を者に対するは、者は情也。 華は果を願う義也。 経を皆に対するは、仏法の総名を経と言い、権実なべたる名也。 皆の字に相応せり。 は陣也。 同聞衆列なる陣の心也。 品は列聚在一段列の義也。 第は在也。 伝云く第は居也云云。 居は在の義也。 一を前に対するは、サキは一の義也。 一往の義立也云云」とある。
これが台の学僧であった日意の解説であるが、この下、日意は(取意)「兵法七箇の内の剣形の大事、九字の大事、即ち首題剣形の修行は諸宗の怨敵を対治し、無明煩悩の盗賊を滅するためである。 (略)是則ち自行化他に各々其益有るべき者也」。 といっている。
このように剣形、九字共に法敵折伏のためにするという意味が強く、祈祷上の九字はまだ十分にできていなかったようである。
しかしこの法敵折伏九字摂受祈祷修法に利用されたのも大体同であったろう。 このことは日意の文章からも推察できることである。
ただ兵法九字の臨兵闘者皆陳列在前の文字は余り用いられなかったようで、特に本宗においてはこの九字に合せて空を切る四縦五横法に法華経の経句を当てはめたものが用いられたもので、またこの法華経の経文の文字を合せての九字修法は、本宗独自の祈祷法への発展となって行くのである。
寛永二〇年(一六四三)五月吉日付の「九字秘伝切紙」(身延山蔵)に相伝されているものは、四縦五横形九字には「令百由旬内無諸衰患」を当て、叶字形九字には「妙法蓮華経序品第一」を当てている。
このほか別の切紙には「護身法夢相筆伝」として、「妙法蓮華経自在神力」(梵字形にして摩利支天の守護を念じたもの)。 九字之大事―護身擁護として、「妙法蓮華経仏所護念」(この九字は後の籠目九字、または護身法十九咒九字の元となるものであろう)。 「妙法蓮華経諸法実相」(現在の妙一の九字に似ている。 迹門開会の九字としてある)。 「令百由旬内無諸衰患」(引取退散、一切払いの九字。 後の「八払い」の九字の元をなすものである)。 「妙法蓮華経毒病皆愈」(本門事の一念三千九字で「法」の字を当てている珍しいものである)。 「妙法蓮華経」(五行六穴筆法とあり、文字の配置は異なるが、後世の五行九字もこの代に出来ていたということは驚くべきことである)。
一方、承応二年(一六五三)に身延流を相伝されている、大阪府高槻市の一乗寺の相伝書には、(1)九字切事(妙の九字が書かれ)「妙法蓮華経序品第一」、「令百由旬内無諸衰患」、「華実経諸妙法蓮相法」。 (2)十字之妙法蓮華経衆怨悉退散」、「梵天王魔王自在大自在」。 とあり、この一乗寺伝書は右のように、九字、十字を挙げていながら一方では、 (3)義経九字枕之大事、という兵法九字の一項を設け、四縦五横の説明をし、「何れも四堅五横一切ヨケニヨシ」としている点、この時代兵法九字の影響が強かったことを示している。
しかし、また同じ一乗寺伝書の中で他の巻物の中に、「高祖大聖人、上野殿のオコリ病のの咒也」として、
 華 実 経
 諸 妙 法
 蓮 相 法
の田形の九字咒文が記されてあり、オコリの発作した数ほど、一(イチ)の骨に書くべしと口伝が添えられているが、この田形の九字を身体に書いて修法するということは、本宗において当時法華経の妙文(咒文)を誦し、四竪五横九字を宙に切っていた方法と、古くより相承されている法華経の要文を、数珠、あるいは楊枝木剣で願主の身体等に書いた祈祷法とが合体したものであろう。
その誦す法も代、流派によって異なるようで、一乗寺伝書(承応二年=一六五三)では、「華実経諸妙法蓮相法」(オコリ病治愈)。 九字相伝抄(身延山蔵、正徳五年=一七一五)では、「諸妙法蓮相法華実経」(苻にして飲むもよし、霊気、を封ず)。 親師九字抄(宝永の頃か=一七〇四-一〇)。 「妙法蓮華経諸法実相」(爾前開会の九字という)。
同一の田形九字でありながら、呪え方、修法の仕方によって祈祷の効果が違うのである。
ただし現在においては、その読み方その他の作法は失われ、九字の上を木剣で打つ作法が行われているのみである。
前述の如く身延日意の兵法九字の会通には、まだ密教的な色彩は明らかに出ていなかったが、親師九字抄(この抄の成立がいつ頃であるかは不明なるも大体徳川初期のものと思われる)には密教各宗が、この「兵法九字」を取入れて「祈祷修法の九字」に会通しているのを挙げている。
いま分りやすいように「九字大事」「九字本方本性之事」「九字口決大事」「九字秘伝―外別相伝―修験道より混入」等を、親師九字抄、祈祷指南書(小山田日寿篇著)およびその他の伝書より選び一括して参考に供する。

 臨=艮――方位。
金剛合掌印(東密相伝)、大剣印、修羅天(台密相伝)。 外縛して中指立合。 秘咒曰、臨怨敵消除行(外別相伝修験道)。 韋駄、計都星、多門、「妙」。 意=混沌未分の処、父母和合して六円境界せり、人に望み初むるに依て臨という。

 兵=卯。
の人是より読み始む。 大金剛輪(東密)。 金剛輪、不動明王(台密)。 大金剛輪疫神消除行(修験道)。 降三世。 春日。 月曜星「法」。 意=父母和合して、人の体男女の形は成れども、未だ聞法の心なければ邪正不二の境に住して、障ることなし依て兵といいつわものと読む。

 闘=巽。
外獅子(東密)。 外獅子、大刀小刀娑婆本尊(台密)。 外獅子、災難消除行(修験道)、持国、荒神。 木曜星「蓮」。 意=男女の形正しくして、母の胎中に在りながら聞法開悟の心出来る。 人倫の言分をに付き覚る心あるに依て闘という。

 者=子、
の人是より始む。 内獅子(東密)、内獅子摩利支天(台密)。 内獅子、障碍消除行(修験道)。 金剛夜叉天照太神、水曜星「華」。 意=母の胎中に在り乍ら、六根相応して皮調い、父母の乳味を貴むことを怖れ両手を組み顎の下に付て身を細めて座定まる依て者という。

 皆=中央。
の人是れより始む。 独胡(東密)、外縛、釈迦牟尼(台密)。 外縛して二風二大指立。 怨霊消除行(修験道)。 摩利支天、不動明王、羅睺星「経」。 意=人の体、胎内に在り乍ら三千世界を声に応じて覚る。 又皆の字を中台として餘は八葉と心得るべし。

 陣=午。
の人是より始む。 内縛(東密)、内縛普賢菩薩(台密)、内縛印、荒神消除行(修験道)、軍荼利夜叉、愛染明王、土曜星、「」。 意=人の体悉く具足して、手足軟かにして胎内に行歩の恵みあるによりて陳の字は飛行自在の初の心也、依て文字を作り車の字にするなり。

 烈=乾。
智拳(東密)、知拳大日如来(台密)、智拳印、悪鬼消除行(修験道)、廣目王、辨財、日曜星「品」。 (註―密教系では「列」を「烈」に書く)。 意=胎内にて手足動き、自在の恵み六根七穴皆以て自在の心はじまるに依て此字をつらぬるとよむなり。

 在=酉。
の人是より始む。 日(東密)、日輪日天子(台密)。 日輪、悪魔消除行(修験道)、大威徳王、住吉明神。 金曜星。 「第」。 意=六根、六識、六境を具足して世に出でて現世の作法を具足するに依て此字をあると読むなり。

 前=坤。
宝瓶(東密)。 筒月天子(台密)。 宝瓶、頓死頓滅除行。 増長天王。 八幡大菩薩。 火曜星。 意=前とは母の胎内を出て両手を開いて諸を心得るに依て前の字を面とよめり。

とあり。 詳しく会通しているが、この親師九字抄が相承した密教九字解説は、この抄以降にはない。
同抄は田形九字を多く載せているが、これは明かに本宗の九字が、兵法の九字、密教会通の九字とは異っているということを示したものであろう。
また一部のものが「祈祷経」を「九字経」と呼んで、法華経そのものが九字であるとしているものもあるが、このことは前述剣形書(定一六八五頁)の「臨兵闘者皆陳列在前の文も法華経より出てたり」とあるによってであろう。
その九字の一例を挙げれば、「妙法蓮華経諸法実相」(迹門実相の九字、又爾前開会の九字)、「阿耨多羅三藐三菩提」(本迹未分の九字又は本迹一致観心九字)。 の如くである。
正徳五年四月(一七一五)、雲切木剣で有名な満行院日順(積坊一四代)より相承された「九字相伝抄」(身延山蔵)に、初めて「妙法蓮華経序品第一」の九字を妙の一字に当てはめて、いわゆる「妙一九字」の切り方を相伝している。
「此ノ妙ノ字ハ七画也。 今九画ニ作ルコト甚深ノ秘」とあり。 また田形九字のことを「九字形」というとある。
その切り方も一乗寺伝書とは違った点もあるが、はっきりと加持の法を示した珍しいものである。
わが宗門に入って来た兵法九字が文字そのものに大した意味もないことで、たちまち法華経経句の祈祷句に取って換えられたことは九字形成立の示すところであるが、また九字の咒力は「九」にありとする考えが出されたのは京都の忍辱鎧日栄で彼の著書、享保一五年(一七三〇)刊の修験故事便覧(二)の九字の項に、「吾祖の曰く、元品の無明を切る大利剣、此の法門に過ぎざるか(定一七五〇頁、『諸経與法華経難易事』真蹟中山法華経寺蔵)、既に法華経に元品の無明を切る力用あり、一切の民を切断せざらん。 この故に吾等九字を切ると呼び来れり。 若し爾らば八字、十字の句をとっても然るべし、何故九字の文に限るや。 九は是れ陽の満数なり、邪気は是陰気にたよる。 故に陽をもって陰を伏する也」といっているが、この意見が後来を制したのであろうか。
文化・文政・保年間の本宗修法最盛期に当っても、九字に関する新しい見解の発表はない。
ただこの期は現加持の方式が発展し、九字の用い方に変化を来たして、今迄の繰返し同じ九字を切る法に加えて、また繰返し唱えるだけであった祈祷肝文を、九字形に当てはめて祈祷する。 九字を切る修法が行われていることである。
しかし江戸代の修法はあくまで対個人の修法である現加持のみで、今日の様な大衆法楽加持による九字の切り方は明治も後期になってから感得されたものである。
ここで吾が宗の祈祷九字についての私見を述べることが許されるならば、前記の如く本宗で一番初めに出来た最も重用な九字は「妙法蓮華経序品第一」と「妙法蓮華経諸法実相」の九字である。 「妙法蓮華経序品第一」が法華経一部を指すものであり「妙法蓮華経諸法実相」がその内容を示したものであることは言を俟たない。
方便品十如の「相性体力作因縁果報」は法華経の中の九字であり「等」を加えて十字であることは大変重要なことでこの九字こそ本宗修法九字の根本となすべきであろう。
この法華経の九字こそ、陽が陰を伏し、元品の無明を切断するばかりでなく、これを十界互具、一念三千と開会し、生死の長夜を照す大灯明をなすのである。
「相体力作因縁果報等」の法華経の九字、十字の作用は、即ち一念三千諸法実相の働きを伴って、まことに不可思議の功徳を成ずることは既に先聖の証するところであり、衆知のことである。
いわゆる本宗の総ての修法の九字、十字の根源として、この十如の祈祷九字こそは妙法経力の功力を発揮し、また一念三千の具体的な発動を促すのである。
因みに兵法の十字は身延第一二代日意の首題剣形相伝本尊資料一八二頁)に前述の如く「十字ノハ行住坐臥の所用ニ隋テ一字を書クベキ也」とある。
例えば「臨兵闘者皆陣列在前」の九字に十字のときは「行」等の一字を加えて十字とするということである。 なお当家の十字を同書では「南無妙法蓮華経日蓮判」等のものを紹介している。
九字」を「九時」とアテ字する相伝書もあるが、正式の相伝書にはこの字は見当らない。
また「くじよけの守」という符守もあるが、これは「はしか除け」の守札のことで、この九字とは関係ないものである。
『岩波教辞典』「九字」の項
(加藤瑞光)

図版

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