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月天子

がってんじ #3285

月天子

がってんじ

三光天子の一。 月名月天子・宝吉祥子・月宮子ともいう。
宮殿に住む王。 月を神格化して信仰の対象としたもの。
『法華経』の序品では名月天子として法華の会座に列し、日蓮聖人の大曼荼羅にも勧請されている。
聖人月天子観の主なるものを挙げると、まず第一は法華経の行者を守護するということである。 聖人は『種種御振舞御書』に「抑も今の月天は法華経の御座に列りまします名月天子ぞかし。 宝塔品にして仏勅をうけ給ひ、嘱累品にして仏に頂をなでられまいらせ、世尊の勅の如く当に具さに奉行すベしと誓状をたてしぞかし」(定九六九頁)と説示されている。 聖人月天子に対する観念は、霊山において仏勅を受け、更に行者守護の誓状をたてたいわゆる諸天神の一であると考えられたことである。
そして竜口法難の当夜は「江の島のかたより、月のごとくひかりたる物、まりのやうにて辰巳のかたより戌亥のかたへひかりわたる」(定九六七頁)と、このため太刀持ちは目がくらみ、兵どもはおじ怖れて、遂には頸切られるべきところを免がれた(定五〇五頁)と述べられている。
またこの法難の翌日には「九月十三日の夜なれば月大にはれてありしに、夜中に大庭に立ち出でて月に向ひ奉りて、自我偈少々よみ奉り、諸宗の勝劣、法華経の文あらあら申して、(略)仏勅をもはたして、誓言のしるし(験)をばとげさせ給ふべし」(定九六九頁)と示されるように、月に向って自我偈を読み、諸宗の勝劣浅深を説いて、もって行者守護を祈念されている。
換言すれば月天子は、法華経の守護神として聖人の祈念の対象であったのである。
第二は、ただ単に行者守護というだけにとどまらず、一歩進んで謗法者を治するということである。 聖人は『経王御前御返事』に「法華経釈迦仏の御使を責る故に梵天帝釈日月四天等の責を蒙て候也」(定六八七頁)と述べられるように、法華経の行者に敵対して迫害を加える者は、月天子によって責苦を受けるとしている。 つまり従来の「守護する」という態から「治する」という積極的な方向へと推移しているのである。
第三は、法華経の行者歎・激励するということである。 聖人は『報恩抄』で自身の一代の弘通を顧みられて、この功徳は定めて上は三宝より下は「日月までもしろしめしぬらん」(定一二三九頁)と説示され、更に忍難の生涯についても『諸法実相抄』に「日月等の諸尊たちにほめられ奉る」(定七二六頁)と述べられるように、月天子は法華経の行者歎・激励しているのである。
つまり月天子法華経の行者を守護すると同時に謗法者に治を与え、弘経者に対しては歎・激励をしている。
翻って聖人にとって月天子は、法華経の経証に基づく行者守護の善神として、聖人の忍難弘通生活の上に現証として顕現されたことによって、聖人の月天子信仰はより不動のものとなったと思われる。
《上田本昌「日蓮聖人と守護神-日月明星を中心として-」『棲神』三三号、『遺文辞典』歴史篇「月天子」の項、『日蓮辞典』「月天子」の項

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