自我偈
自我偈
じがげ
法華経如来寿量品の偈文「自我得仏来」から「速成就仏身」に至る文をいう。
初めの「自我」の二字をとって「自我偈」といい、本仏釈尊の久遠実成を説き顕していることから「久遠偈」ともいう。
寿量品の長行では仏身の常住を強調するが、偈文では仏身の常住のみならず、依報たる国土の常住、事の寂光を重視し説くのである。
即ち「我此土安穏」「我浄土不毀」等と衆生の住するこの娑婆世界がそのまま寂光浄土であることを説いている(本国土妙の開顕)。
法華経は自我偈において国土の中心を明かし、娑婆即寂光の本国土妙に一切を統一し、十方の浄土を開顕したのである。
これによって日蓮聖人は「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり」と国土常住論を確立したのであり、「立正安国」の主張もこのような法華経の国土観に基づいている。
結文の「毎自作是念」以下の四句は、釈尊の大慈悲の発露たる毎自の大願の表明であり、また「破地獄の文」として古来より尊ばれてきた。
日蓮聖人は「自我偈」の価値について、「夫法華経は一代聖教の骨髄なり。
自我偈は二十八品のたましひなり。
三世の諸仏は寿量品を命とし、十方の菩薩も自我偈を眼目とす」(『法蓮鈔』)と述べて、釈尊一代仏教の中心である法華経寿量品の真精神を説き顕わしたものであるから、全仏教中の最高の位置を占めるべきものであるとする。
《『遺文辞典』歴史篇「自我偈」の項、『日蓮辞典』「自我偈」の項》