仏勅
仏勅
ぶっちょく
勅とは天子のことば、天子の命令。
仏勅とは法界の天子たる仏の仰せ、教勅をいう。
日蓮聖人は特に仏を釈迦仏と限定し、その釈尊が真実を説き明かされた法華経の文々句々を仏勅・仏の勅宣として感受し、それに答えんと法華経の伝道活動に邁進した。
『開目抄』には有名な五箇の鳳詔(ほうしよう)(天子の詔勅、仏勅のこと)が記されている。
「誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん。今正しく是れ時なり」。
「我が滅度の後誰か能く此の教を護持し読誦せん」。
「今仏前に於て自ら誓言を説け」。
この「宝塔品」の三箇の勅宣(定五八二頁)と「提婆品」の悪人成仏・女人成仏の二箇の諫曉(定五八九頁)とである。
聖人がこの仏の教命によって立ちあがったことは明らかである。
『如説修行鈔』に「かかる時刻に日蓮仏勅を蒙りて此の土に生れけるこそ時の不祥なれ。法王の宣旨背きがたければ」(定七三三頁)と吐露している。
《『遺文辞典』教学篇「仏勅・仏敕」の項、『日蓮辞典』「仏勅」の項》