三箇の勅宣
三箇の勅宣
さんかのちょくせん
法華経見宝塔品の虚空会において、釈尊が迹化と他方来の諸菩薩を始めとする大衆に法華経を付嘱するために、三度にわたって勧め命じられたみことば。
三箇の告勅(ごうちよく)、三箇の鳳詔、三箇の諫勅ともいう。
日蓮聖人は『寺泊御書』に「宝塔品の三箇の勅宣は霊山虚空の大衆に被(こうむ)らしむ」(定五一五頁)と述べてその説相を示され、『開目抄』には具体的に宝塔品を引用して(定五八二-三頁)、三箇の勅宣を挙げられている。
即ち「誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん。
今正しく是れ時なり。
如来久しからずして当に涅槃に入るべし。
仏此の妙法華経を以て付嘱して在ること有らしめんと欲す」とあって、これを第一の勅宣と名づけられる。
次に「諸の大衆に告ぐ、我が滅度の後誰か能く此の経を護持し読誦せん。
今仏前に於て自ら誓言を説け」とあって、これを第二の鳳詔という。
そして、六難九易が説かれた次下に「諸の善男子、我が滅後に於て誰か能く此の経を護持し読誦せん。
今仏前に於て自ら誓言を説け」とあって、これを第三の諫勅という。
つまり第一は「付嘱有在」、第二は「令法久住」、第三は「六難九易」を説いて法華経の弘通を勧められたのである。
これからも理解されるとおり、虚空会において、釈尊、多宝仏、十方の分身諸仏の三仏がましまして、三箇の勅宣がとかれたことは、この法華経を永遠に娑婆世界に流通せしめ、一切衆生を救済されようとする御心(みこころ)にほかならない。
このことを聖人は「夫(れ)法華経の宝塔品を拝見するに、釈迦・多宝・十方分身の諸仏の来集はなに心ぞ、令法久住故来至此等云云。
三仏の未来に法華経を弘めて、未来の一切の仏子にあたえんとおぼしめす御心の中をすいするに、父母の一子の大苦に値ふを見るよりも強盛にこそみへたる」(定六〇八頁)と述べられているのである。
そして、この三度の大音声の勅宣は遙かに下方の菩薩に徹し、本化六万恒沙出現となり、ひいては寿量品における久遠実成の開顕となることなどから、この宝塔品を寿量品の遠序というのである。
また提婆品の二箇の諫暁と合せて五箇の鳳詔という。
法華経の行者をめざした日蓮聖人は三箇の勅宣に呼応し奮い立ったのである。
《『遺文辞典』教学篇「三箇勅宣・三箇の勅宣」の項、『日蓮辞典』「三箇の勅宣」の項》