妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

令法久住

りょうぼうくじゅう #551

令法久住

りょうぼうくじゅう

法華経宝塔品の文。
「法をして久しく住せしめん」と読む。
経文では十方の分身諸仏が、諸の浄土及び所化の衆や諸の供養の事を捨てて、この娑婆世界に集会したのは「法をして久しく住せしめんが故に此に来至したまへり」と説かれている。
ち十方分身の諸仏の来集も、多宝仏の涌現も、釈尊の応現化導も、皆この法華経を娑婆世界に久住せしめんがためであることを明示した経文である。
この文は自ら法華経が久住の法であることを宣言した文であり、しかもそれは釈尊一仏だけでなく釈迦・多宝・分身三仏の約束であることを示すものでもある。
更に法華経寿量品において仏の久遠実成が開顕され、その仏が娑婆世界に常住することを説き明かしている。
このように久住の法と常住を説示したところに法華経の特色がある。
日蓮聖人は法華経薬王品の「我滅度後後五百歳広宣流布於閻浮提」の文によって、法華経の末法流布の必然を説き、正像未弘の法である「本門の三法門」、即ち本門の本尊・戒壇・題目の三大秘法を提示して、これこそが末法に流布すべきものとした。
そして『報恩抄』において「日蓮が慈悲曠大ならば、南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」と述べて、聖人の弘通する法華経の教えは末法万年を超えてなお未来永遠に流布する法、久住の法であることを強調した。
なお聖人は『大無量寿経』に「特留此経止住百歳」と説く文に基づいて善導・源空らが念仏を末法相応の法と主張するのに対し、宝塔品・寿量品・薬王品等に依って、法華経の念仏に対する優越性を論証し、浄土批判を行っている。
《『遺文辞典』教学篇「令法久住」の項、『日蓮辞典』「令法久住」の項》

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