仏子
仏子
ぶっし
仏の子の意。
(1)仏の教法に信順し、その力によって証悟を得たものをいう。
仏弟子のこと。
法華経方便品に「仏口所生の子」といい、同譬喩品に「真に是れ仏子なり、仏口より生じ、法化より生じて、仏法の分を得たり」とある。
(2)菩薩のこと。
菩薩は仏の教えに従ってその業を紹継し、自らも仏に成ろうと努めて、仏種を断絶させないものであるから仏子という。
法華経方便品に「諸法は本より来(このかた)常に自ら寂滅の相なり、仏子、道を行じ已って来世に作仏することを得ん」とある。
(3)大乗の菩薩戒を持つ者をいう。
『梵網経』に「衆生、仏戒を受くれば即ち諸仏の位に入る。位大覚に同じ已らば、真に是れ諸仏の子なり」という。
(4)一切衆生をいう。
一切衆生は常に仏によって我が子の如く慈愛護念せられており、悉く仏性を具えているから仏子という。
智顗は『法華文句』巻九下に「一切衆生に皆三種の性徳仏性有るに就かば、即ち是れ仏子なり、故に其の中の衆生悉く是れ吾が子なりという」といい、日蓮聖人は『法華取要抄』に「此土の我等衆生は五百塵点劫より已来、教主釈尊の愛子なり」(定八一二頁)と述べて、釈尊と我等衆生との父子の関係を説かれている。
(5)滅後末法においては、法華経を受持し、妙法五字の題目を信唱する法華経の行者をいう。
法華経宝塔品に「能く来世に於て、此の経を読み持たんは、是れ真の仏子、淳善の地に住するなり」とあり、日蓮聖人は『日妙聖人御書』に「法華経の行者は其中衆生悉是吾子と申て釈尊の御子なり」(定六四五頁)と示されている。
《『遺文辞典』教学篇「仏子」の項》