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諸天善神【教学】

しょてんぜんじん #4809

諸天善神【教学】

しょてんぜんじん

とは欲界・色界・無色界の三界二十八天を指すが、無色界の四天は聴法の衆に加わらないとする説によれば、護法・護世・護の諸などという時は、無色界のを除いて、二十四となる。 神とは八部衆の中の正法を護持するものの総称である。 諸神というと、天上界に住して、仏法を守護する神々をいい、一般的には「守護神」と呼称される。
法華経には諸神が釈尊に対して法華経を守ると誓願する。 ゆえに諸は法華経を守護する責任がある。 この関係から更に、その法華経を信じ拝む人を守る責任が生れる。 法華経の説くところに従えば、(1)序品の「二界八番の雑衆」、(2)安楽行品の「諸天昼夜に、常に法の為の故に、而も之を衛護す」、(3)嘱累品の「世尊の勅の如く、當に具さに奉行すべし」、(4)陀羅尼品の「但、能く法華の名を受持せん者を擁護(おうご)せんすら、福量るべからず」とある。 特に釈尊の命を奉じ、守護を誓った約言は(3)の文で、聖人によれば『祈祷抄』(定六七六頁)・『神国王御書』(定八九二頁)・『種種御振舞御書』(定九六九頁)に述べられるように、法華経の守護を受くべき有資格者は、法華経の行者であるとする。 守護とは法・人・を守ること。 また「守護神」の語は『開目抄』(定六〇一頁)・『南条殿御返』(定一〇八○頁)に見え、これと類似する語としては「守護の善神」・「国中の善神」・「日本国守護の神」という表現もある。
聖人のいわれる諸天善神の具体名をあげると『安国論御勘由来』に「日蓮が持つ所の法華経守護の十羅刹の治罰之を蒙らん」(定四二四頁)と、『清澄寺大衆中』には「地涌千界・文殊・観音・梵天・帝釈・日月・四天・十羅刹、法華経の行者を守護し給はんと説かれたり」(定一一三五-六頁)と、また『檀越某御返事』には「天照太神・正八幡・日月・帝釈・梵天等の前の御ちかい、今心み候ばや」(定一四九三頁)と述べられ、その多種の神名を数えることが、その特色である。 更に教固有の神と日本固有の神の両者が挙げられているところに特色がある聖人は諸天神の能を、
(1)法華経の行者を守護する。『日妙聖人御書』(定六四七頁)・『撰抄』(定一〇四六頁)。
(2)日本国は謗法国であるから捨国する。『四信五品鈔』(定一二九九頁)。
(3)謗法者を処罰する。『王舎城事』(定九一七頁)・『種種御振舞御書』(定九八四頁)。
(4)隣聖人に仰せ付けて謗法国(日本)を逼責する。『法門可被申様之事』(定四五四頁)・『報恩抄』(定一二二四頁)
のように把握されたが、その主たる能は(1)であることはいうまでもない。
聖人は諸天善神と本仏の関係を寿量品の「或は己身を説き、或は他身を説き、(略)或は他事を示す等云云」の文に求め、『日眼女釈迦仏供養事』にも同文を引用されて「法華経の寿量品に云く、或は己身を説き、(略)大梵天王(略)日天・月天(略)天照大神・八幡大菩薩も其本地は教主釈尊なり」と述べられている。 つまり諸神のことごとくは、本仏釈尊からそれぞれの地位や能力を持った各種の神名をもって、諸処に垂現したものにほかならない。
《宮崎英修『日蓮宗の守護神』、中條暁秀「宗祖と守護神」『棲神』五〇号、『岩波教辞典』「神」の項

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