阿耨多羅三藐三菩提
阿耨多羅三藐三菩提
あのくたらさんみゃくさんぼだい
梵語anuttarā-samyak-saṃbodhiḥの音写。
略して阿耨三菩提、阿耨菩提という。
無上正遍知、無答正遍知、無上正等正覚、または無上正等覚と訳す。
仏の覚智。
凡夫が真理に覚めていない(不覚)のに対して、迷界を離れて覚智円満し、平等の真理において全てを知る仏の無上の勝智をいう。
anuttaraは「更に高位のものがない、最も優れた、無上の」、samyak(samyañc)は「完全な、全ての」、saṃbodhiは「さとり、めざめ、等覚」を意味する。
『大智度論』巻第二は「復た阿耨多羅と名く。
秦には無上と言う。
問うて曰く、云何が無上なる。
答えて曰く、涅槃の法は無上なり。
仏は自ら是の涅槃を知り、他より聞かず、またまさに衆生を導いて、涅槃に至らしめんとす。
諸法の中に涅槃の無上なるが如く、衆生の中に仏もまた無上なり。
復次に、持戒・禅定・智慧をもって衆生を教化するに、一切あい等しき者あること無し、何に況んや能く過ぐるものあらんや。
故に無上と言う。
復次に、阿を無と名け、耨多羅を答と名く。
一切の外道の法は答うべし、破るべし、実に非ず、清浄に非ざるが故なり。
仏法は答う可からず、破す可からず、一切の語言の道を出ず。
また実にして、清浄なるが故なり。
是を以ての故に無答と名く」と説明する。
《『遺文辞典』教学篇「阿耨多羅三藐三菩提」の項、『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』『岩波仏教辞典』「阿耨多羅三藐三菩提」の項》