元品の無明
元品の無明
がんぽんのむみょう
無明とはもと愚痴と同じ意味の煩悩であり、十二縁起の第一番目に当る。
ところが次第に煩悩の根本を意味するようになった。
『勝鬘経』は五住の煩悩を説き、見惑・思(修)惑にあたる四住地の煩悩は二乗も断ぜられるが、第五住地の無明住地は如来のみが断ぜられるとして、次第に根本的な意味あいが強くなった。
天台では見思惑のほかに塵沙惑・無明惑を説き、この無明は中道実相の理に迷う惑として説明され、別教に十二品、円教に四十二品の無明があるとする。
このうち最も微細である元来の品類を、元品の無明という。
元品とは根本ということで、『起信論』では、枝末無明・根本無明とに分け、この根本無明を無始無明、忽然念起無明ともいって、生死流転の根本とする。
天台では等覚位の菩薩の最後心の煩悩を最後品の無明、元品の無明といって、等覚智で断ずるか、妙覚智で断ずるかという問題がある。
《『遺文辞典』教学篇「元品無明・元品の無明」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「元品の無明」の項》