十不二門
十不二門
じっぷにもん
一巻。
妙楽大師湛然(七一一-七八二)述。
また本迹十妙不二門、法華玄記十不二門などともいう。
天台大師智顗の『法華玄義』所説の迹門十妙の意を別箇の見地から十門に分けて解説したもので、初めに述作の意趣を述べ、次に十門を別釈し、終りに十妙十門その理は一であることを述べて終る。
本書はもとは『法華玄義釈籤』一四に、迹門十妙を解釈してのち、本門十妙に入る前に述べられた十不二門を別行したもので『伝教大師将来目録』に既に「十不二門義一巻」とあるから、伝教大師入唐以前の別行である。
知礼の『十不二門指要鈔』巻上に「日本伝来別行の十不二門に題して国清止観和尚録出と云ふ」とあるから、道邃が別行したと思われる。
注釈としては知礼の『十不二門指要鈔』二巻、源清の『法華十妙不二門示珠鈔』二巻等が有名である。
十不二門とは一に色心不二門、二に内外不二門、三に修性不二門、四に困果不二門、五に染浄不二門、六に依正不二門、七に自他不二門、八に三業不二門、九に権実不二門、十に受潤不二門である。
一の色心不二門は迹門十妙の第一境妙によって色心不二を論じたもので、境妙の中の十如境ないし無諦境の七科の一一に皆総別の二義あり「総は一念に在り、別は色心を分つ」。
個別を総に摂入すれば、一切万有は一念の心性に外ならない。
一念のみならず、一色一香無非中道であるから、一切万有は一色・一香に外ならないといってもよい。
かくて互具、相即相入の立場から色心不二を立てる。
二の内外不二門とは智妙・行妙によって立てられた法門で、前の色心二法を今度は内外に分けて観察するものである。
内とは己心、外とは心外の依正色心をいい、外の依正色心を即空仮中なりと観達すれば、心色の二元を絶して唯一実性となり、衆生の七方便の異も、国士の浄穢差品も見ず、これは同時に内体の三千の成就に外ならないから「外法全く心性なり」、「誰か内外色心己他を云はん」ということになる。
三の修性不二門もまた智妙・行妙によって立てられた法門で、修とは修行であり、性とは内心に内具される真如・仏性であって本具のもの。
修と性との関係は「性は本爾なりと雖も智に藉(よつ)て修を起し、修に由って性を照し、性に由て修を発す。
性に在ては則ち修を全うして性を成じ、修を起すは則ち性を全うして修を成す」とする。
全修成性・全性成修とは、修行を完成して得たところの果が性徳の仏性の成就ということであり、性徳を全現することが修行の完成ということであるとの意である。
ここに修性不二は成立するが、性得の仏性の顕現のためには、智による修行、あるいは信による修行がなければならぬとするところも忘れてはならない。
四の因果不二門は位妙・三法妙によって立てられた法門であり、前の修性門の中の修を因果に分けて相対したものである。
衆生の心因に内具された三仏性と仏果としての三涅槃とは理性においては同一である。
なぜなら性を全うするのが修であるから、「三千理に在れば同じく無明と名け、三千果成すれば咸く常楽と称す。
三千を改むることなければ、無明即明なり。
三身並に常なれば倶に体、倶に用なり」という。
己心に内具される三千は因理にあっては無明と名づけられるが、果成にあっては明と名づけられるのであるから、困も三千、果も三千であって、三千に変更はない。
果成の三身に即していうならば、円教三身は法身理・報身智・応身用ともに常住の存在であるから、仏の所証ないしは衆生本具の法身が体、報応が用であるのみならず、三身みな互いに体であり用であって、仏果と因位との間は相即不二であるという意味で、ここに困果不二門が成立する。
五の染浄不二門は感応妙・神通妙によって立てられた法門であり、前の因果の因を染、果を浄に開いたものである。
染浄迷悟は本来一体なる法性と無明との刹那の縁起の差に過ぎない。
無明が法性を縁として六道を変造するときを染と名け、法性が無明を縁として自在の用を起し、衆縁に応ずるときを浄と名づける。
しかるに染縁・浄縁ともにその「縁起は理一なり。
一理の内にして浄穢を分つ」にすぎない。
たとえば濁水と清水とは水性においては理一であるが、縁によって清水となりあるいは濁水となるようなものである。
だから染浄不二を了して観を立てねばならぬという。
六の依正不二門も感応妙・神通妙によって立てられた法門であり、前の染浄の中の浄を依報の土と正報の身とに分けたのである。
三千世間を依正に分ければ「(衆)生(五)陰の二千を正と為し、国土の一千は依に属す」。
しかも三千は「一心に居す、一心に豈に能(居)所(居)を分たんや」。
これを依正不二という。
従って釈迦が成道して毘盧遮那法身を証したとき、遮那の所居の土である裟婆は常寂光土となったわけである。
「但だ衆生は理に在れば、果を未だ弁へず」。
弁へずとも「一切は遮那の妙境(常寂光土)に非ざるなし」と知れという。
七の自他不二門も感応妙・神通妙によって立てられた法門である。
自とは能化の仏、他とは所化の衆生。
仏は神通をもって衆生に応じ、衆生は仏化を感じて教化に能所の別はあるが、衆生は理具三千に由るが故に能く感じ、諸仏は三千理満に由るが故に能く応ずるのであって、能所共に十界三千に基づくところを生仏感応の本来不二、自他不二という。
八の三業不二門は説法妙によって立てられた法門であり、前の化他門につき、仏の化他を分別して三業としたものである。
「心輪機を鑑み、二輪に化を設け身を現じ、法を説く」のであるから、「身口平等にして彼の意輪に等し」、また「心色一如」の故に仏の三業は不二である。
しかも「百界は一心なり、界々は三業に非ざるなし」の故に「一念の凡心に已に理性の三密相海有り、一塵の報色同じく本理毘盧遮那に在り」、それをば「(心仏衆生の)三無差別と為す」すなわち、それを仏の三業不二、仏凡の三業不二という。
九の権実不二門も説法妙によって立てられた法門である。
仏の心輪は自在に働き、身口をして権実の二機に赴かしめるとき、口には権実を説き、身には真応の二身を施すのであるが、共に平等大慧なる仏の一念の表れに外ならないから、権実は不二である。
十の受潤(じゆにん)不二門は眷属妙・利益妙によって立てられる。
「(能受の)物は理として本来性に権実を(共に)具す」るのであるが「熏(習)に遇て自ら異る」ことになって、あるいは権機となりあるいは実機となる。
「(能潤の)仏も亦果に非権非実を具するも、(権実の機に対して)権実の応をなす」にすぎない。
衆生の機も仏の応も本来は非権非実である。
なぜなら「三千同じく(衆生の)心地に在り、仏の心地の三千と殊ならず」だからである。
故に本来的には受・潤ともに一地所生・一雨所潤だという。
この十門はそれぞれ直前の門を受けて自門を論成する。
即ち内外不二は色心不二によって成り立ち、ないし受潤不二は権実不二によって成り立ち、互いに隣次して巧みに十妙の要を理解せしめている。
そして一々門の説明には必ず一念三千の本理を示し、一念三千によって十門が成り立ち、また十門の終局は一念三千にあることを示したところに本書の眼目がある。
本書は湛然が日頃抱懐していた自身の教学の精髄を簡潔に記したものと思われ、文意を汲み取り難い所も多い。
従って宋代になると山家派と山外派との間に本書の細義にわたって見解の相違を見ることになる。
また日本天台の本覚思想に与えた影響も大きいと思わねばならない。
十不二門によって本覚思想の論点を整理してみることも可能である。
日蓮聖人には十不二門の全体に立脚し、またはその組織に着眼したところはないが、各門の義に類通するところは遺文の諸処に散見され、殊に六の依正不二門は聖人に多大の影響を及ぼした。
例えば『本尊抄』の能観段の結びの文である『弘決』五の「当知身土一念三千、故成道時称此本理、一身一念遍於法界」は依正不二門に外ならない。
身土一念とは、三千が有する依正を開いて身土とし、一念三千は身土にわたることを指摘したもので、ここから聖人は次に本国土観としての「本時娑婆世界」論を展開される。
《『正蔵』四六巻、『遺文辞典』教学篇「依正不二」の項、『天台学辞典』「心仏衆生是三無差別」の項》
(浅井円道)