山家
山家
さんげ
天台の正統仏法を伝えるところ。
中国では天台山、日本では比叡山をいう。
またそのまま天台宗を指す場合がある。
しかし特に山家派というと、中国宋代天台宗の論争の中で形成された正統派と称する人々をいう。
中国天台は宋代に入ると智顗の思想をめぐって学説が対立し、両派に分れたが、四明知礼(九六〇-一〇二八)は自ら正統を表して山家と称し、反対派を異端として山外(さんがい)と呼んだ。
この後四明派が天台宗の主流をなす。
山家・山外論争は日本では近世に至って問題となった。
日蓮宗内では天台宗に先がけて近世初頭不受不施論争の中で山家・山外が論じられ、天台宗では約一〇〇年後、慈山・光謙の僧風粛正運動の中から四明正統が主張されるに至った。
ただし日蓮聖人当時、山家といえば比叡山のことで、既に最澄の『山家学生式』の如く、天台宗を山家と称する風があった。
《『天台学辞典』「山家」の項、『岩波仏教辞典』「山家・山外(さんげ・さんがい)」の項》