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本門十妙

ほんもんじゅうみょう #3501

本門十妙

ほんもんじゅうみょう

天台大師智顗が『法華玄義』七上において妙法蓮華経の「妙」を釈するにあたり、本門に十種の妙を立てたものをいう。
本門とは法華経の従地涌出品以下を指す。
とくにこの十妙は本門の中心である如来寿量品に開顕された久遠実成を根本に置き、久遠本仏の因果ないし利益等の不可思議なることを顕彰しようとするものである。
つぶさには本因妙、本果妙、本国土妙、本感応妙、本神通妙、本説法妙、本眷属妙、本涅槃妙、本寿命妙、本利益妙を指す。
(一)に本因妙とは本仏の自行の不可思議なることをいい、寿量品の「我本行菩薩道所成寿命今猶未尽」を指す。
この中の寿命とは慧命の義を含むことから本の智妙であって、本行とは間論的には久遠本の行妙をいう。
菩薩道とは即ち本時の位妙であり、このことから、この文は久遠本仏の本における自行の因を明かしたものである。
(二)に本果妙とは、本仏の円因が究竟し、証得せられた妙果をいう。
寿量品の「我成仏已来甚大久遠」を指す。
この文の我とは真軌、とは覚の義で観照軌、已来は本有の道に乗じて来るの義であることから資成軌である。
この三法妙五百億塵点劫の久遠に円満に成就せられることから本果妙という。
(三)に本国土妙とは、本仏が居住される土の不可思議をいう。
寿量品の「自従是来我常在此娑婆世界説法教化亦於余処百千万億那由佗阿僧祇国導利衆生」を指す。
この文の娑婆とは久遠本時の同居士であり、余処とは本時の方便土、実報土および寂光土である。
余経ではこの三千世界を同居の穢土と説くが、この寿量品では本仏居住の娑婆世界が本時の同居土(本土)となり、余経で説く土は迹土となる。
日蓮聖人は『開目抄』に、「今爾前迹門にして十方を浄土とがう(号)して、此土を穢土ととかれしを打かへして、此土は本土となり、十方の浄土は垂迹の穢土となる」(定五七六頁)と娑婆世界の本国土妙なることを明示されている。
また『観心本尊抄』の「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出たる常住の浄土なり」(定七一二頁)とはこの本国土妙の意味である。
(四)に本感応妙とは、本仏による衆生化の感応の不可思議をいう。
寿量品の「若有衆生来至我所我以仏眼観其信等諸根利鈍」の文を指す。
この文の衆生の来至は衆生機根が仏の化導を感受することをいい、仏眼をもって観ずるのは仏が衆生に対応することをいう。
(五)に本神通妙とは、本仏による教化の神通示現をいう。
寿量品の「如来秘密神通之力」あるいは「或示己身他身、或示己」の文を指す。
この文の己身己は円の神通、他身他は偏の神通、秘密とはち妙の義で、これらはみな久遠本の神通妙である。
(六)に本説法妙とは、本仏の説法化をいう。
涌出品の「此等我所化 令発大道心 今皆住不退」の文を指す。
この文の所化とは本仏の説法教化があったことを示し、大道心を発さしむとは説法の内容が偏小でないことを顕すものである。
(七)に本眷属妙とは、本仏の本時における化を受けた眷属(弟子)をいう。
涌出品に「此諸菩薩下方中住、此等是我子我則是父」と説かれていることを指す。
これらの地涌の菩薩は本時の応生眷属で、下方の虚空とは法性寂光の中に住在することを意味する。
その数は無量であって、弥勒も識ることはなく、地より涌出して本門の説法の会座に列なるのである。
迹化菩薩ではなく本仏化を受けた本化の弟子である。
(八)に本涅槃妙とは、本仏の安住したもう涅槃の境界をいう。
寿量品の「又復言其入於涅槃非実滅而便唱言当取滅」を指す。
非実滅とは常に本寂に住することをいい、唱言滅とは衆生調伏することをいう。
本仏の涅槃の境界は、衆生の懈怠を調伏せんがためのみに現ずる涅槃でなく、常住本寂の本時の涅槃であることを示したものである。
(九)に本寿命妙とは、本仏が本に本因によって証せられた寿命(智慧の寿命)をいう。
そして今の寿命は非長非短であり、この非長非短の寿命によって、よく長短の寿命を示すのである。
寿量品の「處處自説名字不同年紀大小」という文を指す。
年紀とは寿命であり、大小とは長短を意味する。
つまり、中間の迹化不同なるに約して、本時の果報における長短の寿命妙を示されたのである。
(一〇)に本利益妙とは本仏化に依った利益をいう。
すなわち本仏の教化の利益ないしは仏滅後の正・像・末等における利益をいう。
寿量品の「以種種方便説微妙法能令発歓喜心」の文を指す。
歓喜とはち利益の相である。
下方の虚に住在する本眷属の大菩薩が皆寂光に居するが如きは本利益妙である。
以上の十妙自行化他に分つならば、本因妙は自行の因、本果・本国土・本涅槃・本寿命の四妙は自行の果である。
また、本感応・本神通・本説法の三妙は化他の能化に属し、本眷属・本利益の二妙は化他所化に属するのである。
日蓮聖人の法華経受容は本門中心であることから、この十妙を重視されたことは論を俟たない。
『開目抄』には、久遠本仏所具の因の九界と、果の仏界とが明らかにされた世界を「本因本果の法門」(定五五二頁)と称されて、一念三千の根拠となっている。
また『観心本尊抄』の四十五字段(定七一二頁)は本因妙・本果妙・本国土妙三妙一体が説かれているのである。
《『遺文辞典』教学篇「本迹十妙」「本門の三十妙」「本門の四十妙」の項、『日蓮辞典』「本迹の十妙」の項》

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