五百億塵点劫
五百億塵点劫
ごひやくおくじんでんごう
法華経如来寿量品に、釈尊自らその成道が久遠であることを開顕されたが、その久遠であることを譬えられたはかりきれない時間をいう。
即ち寿量品には「然るに善男子、我実に成仏してより已来無量無辺百千万億那由佗劫なり」と、始成正覚を開して久遠実成を顕されている。
これを発迹顕本というが、この次下には、この久遠本地を説き明かさんとして「譬へば五百千万億那由佗阿僧祇の三千大千世界を、仮使人あって抹して微塵と為して、東方五百千万億那由佗阿僧祇の国を過ぎて乃ち一塵を下し、是の如く東に行いて是の微塵を尽さんが如き」と記されている。
つまり釈尊の寿命が無量であることを譬えられたのであって、五百千万億那由佗阿僧祇の三千大千世界をつぶして微塵となし、東方の五百千万億那由佗阿僧祇の国をすぎて一塵を下し、このように東方に行き、これらの微塵を尽して、過ぎ去ったあらゆる国をすべて微塵となし、この一塵を一劫としたものを五百億塵点劫という。
このように釈尊の寿命無量を明かす上で、この塵点劫の譬喩は重要な意味を持つが、従来この塵点劫には種々の解釈がなされてきた。
天台大師の『法華文句』第九によれば、この寿量品の仏は法身にして常住なる仏という解釈、あるいは光宅寺法雲の如きは神通延寿にして応身無常という説を紹介している。
つまり、この塵点劫には無限常住であるという説と有限無常という説があったことが分かる。
それに対し天台大師は四解を示して、寿量品は無量にして量を説いたものと釈している。
そして、この五百億塵点劫という過去常住に托して、三世常住が明かされているのがこの寿量品であると明記している。
妙楽大師は『法華文句記』第五に法華経の超勝性を「十双」にわたって数えあげているが、その一つに「迹化に三千墨点を挙げ、本成に五百微塵を喩う」とあって、化城喩品の三千塵点劫と寿量品の五百億塵点劫と列記している。
日蓮聖人はこの説を受けて、『法華取要抄』には「今法華経と諸経とを相対するに、一代に超過すること廿種これ有り。
其の中に最要二有り。
所謂三五の二法也」(定八一一頁)と述べられ、『兄弟鈔』にも同様に「経文に入て此を見奉れば二十の大事あり。
第一第二の大事は三千塵点劫、五百塵点劫と申す二つの法門也」(定九一九頁)と記されている。
このように日蓮聖人の教学において三・五塵点劫は重要な意味を持つのである。
日蓮聖人における五百億塵点劫は数種の概念がある。
まず第一には教相として法華経の超勝性を裏付けるもの。
第二に過去久遠における釈尊よりの下種。
第三に釈尊の久遠の下種を受けながらも、悪知識に値って法華経の信心を捨棄して今日に至るという謗法意識。
第四に伽耶始成を破して釈尊の久遠実成を開顕するもの等の概念がある。
しかし、日本の中古天台では法華の教相を軽視して、この塵点劫を単なる方便、仮説と主張するのである。
即ち五百塵点仮説論が見られる。
また日蓮聖人滅後の五百億塵点劫の解釈には、行学院日朝、一妙院日導らに代表される一致派では塵点仮説論が主流をしめしている。
これに対し、勝劣派の慶林坊日隆は中古天台及び一致派の塵点仮説論に対し、塵点実説を主張している。
《『遺文辞典』教学篇「五百塵点劫(ごひゃくじんでんごう)」の項、『日蓮辞典』「五百億塵点劫」の項、『岩波仏教辞典』「五百塵点劫」「塵点劫」の項、『広説仏教語大辞典』「五百塵点劫」の項》