大荒行
大荒行
だいあらぎょう
ここでいう大荒行とは「日蓮宗加行所」、即ち「日蓮宗大荒行堂」とも称する行堂に入り、一〇〇日間の苦修錬行することで、この行に入ることを、「大荒行に入る」という。
加行所という言葉は公式の語となっているが、主として修法についての口伝を相承し、祈祷法の伝授を受けるために修行する場所を古くから「行堂」「行屋」と称し、この行堂に入り修行することを「加行」と言っていたことによる。
この荒行堂には誰でもが入れるというわけではない。
江戸時代にはその資格が非常に厳格であったが、現在では多少緩和されているようである。
先輩(再行以上の行僧を先輩行僧という)にも厳重な制限がある。
宗制の「修法規程」参照のこと。
この大荒行の修行期間が「毎歳十一月一日ヲ以テ開堂トシ二月十日ヲ以テ閉堂トス」となったのは明治九年(一八七六)五月からである。
即ち入行と出行の日を除いて、堂内にあること正味一〇〇日間の苦行なのである。
定められた行規に随って自己の心身を責め、鍛え、これに耐え抜くことが苦修錬行といわれ、荒行と称せられるのである。
昔、龍華日像が京都開教に当り、その大願成就を祈り、またいかなる法難に遭うとも堪え得る心身を養うため、寒夜一〇〇日鎌倉の海に入って修行したことが一〇〇日間練行の最初であった。
この大荒行に入ることは、まず自己の三世に渉る罪障消滅を願い、その練行に耐えることにより妙法広布に当っての忍難受苦の心を養い、また苦行による宗教的な体験は信心を増益するのである。
このことはその行者の行域を深めると共に、この「信」は修法加持の原動力ともなるのである。
またこの大荒行は修法祈祷相承の準備加行であるともいわれているが、その加行の順序もこれに従がったように錬行日課が課されている。
いま大荒行の模様を初加行僧を主として入行より成満迄順を追って説明する。
まず入行願書を所定の方式により作製し、その年の八月末日迄に宗務所経由宗務院に提出し、幸い「入行許可証」を宗務院より授けられた者は、その指示によって、一〇月末日正中山法華経寺内の宗務院特設受付に、剃髪し清浄衣着用にて出頭し、「修法先師報恩講」に出席しなければならない。
この「修法先師講」に出席しない者は入行の意志がないものとされて入行許可を取消される。
翌一一月一日、指定の時間迄に加行所受付に出頭、点呼の後、全加行僧常修殿に集合し、祖師堂で入行会があり、読誦会を厳修し、これが終ると正中山本院を出発し、山内の修法縁故の各所を廻り、聖教殿を拝して日蓮宗加行所の正門に向う。
荒行堂の正門を「瑞門」と称しているが、この「門」は入行の時と行満じて出行の時以外には開かれない。
入行僧は「切り火」と「浄塩」に清められてこの「門」を潜り、定められた順序に従って読経堂に昇る。
全行僧着座し、唱題が読経にかわると、五行僧によって正面の御厨子が開扉される。
祈祷本尊の大曼荼羅の御前に、一〇〇日間咫尺し、給仕し奉る法華経の行者擁護鬼子母大尊神が安置されている。
この御厨子の扉は入行の日に開かれ、二月一〇日出行の日に閉ざされるのである。
また在行中は特にお世話になる水行堂の水神明王にも御法楽申し上げて、入堂の儀式は終り、直ちに一〇〇日の錬行が開始されるのである。
行堂清規には、「凡そ加行に入りたる者は信念堅固に住し、朝艱暮辛、書餒夜涼の清苦を忍受し、心身錬磨以て上求下化の法器たらんことを期すべし」とある。
加行所の中心となる建物は、この「読経堂」であり、行僧が寒水を澡浴し身を浄めて読経三昧に入り、大尊神様に傅(かしず)き、修行に励むお堂で、加行堂とも読経三昧堂あるいは内堂とも呼ばれている。
大荒行一〇〇日間の根幹を為すものは、一日七回の「水行」と日課の読経である。
一日の水行時間は、午前=三時、六時、九時。
正午。
午後=三時、六時、一一時の七回で、中央に水神明王が勧請されている三間四方の水盤の浄水を、「水行肝文」を唱えて手桶で澡浴する。
水行肝文の大意は、まず五体洗浣の経句を唱え、祈祷御本尊を勧請し、行者守護の鬼子母神、十羅刹女、並びに修法勲功の先師に報謝来臨を乞い、国家万民の安泰、五穀豊穣を願い、外護檀信徒の願満と自己の罪障消滅及び加行成就の祈念をこめたものである。
この水行も、初行僧の中ではただ水盤に向うだけで慄えが出て止まらない者もあるが、入行して三五日が過ぎる頃から自然と慄えも止まってくるものである。
水行を終えると勤役当番でない者は「錬行日課」勤行のため、直ちに読経堂に入り読経三昧に入るが、当番に当った雑役、炊事、不寝番等の勤役といえども「在行者は日課の読経並に水行等怠ることを許さず」とあって「日課」を怠るわけにはゆかない。
大荒行一〇〇日間を初加行僧は五期、先輩行僧は四期に分けて加行するのであるが、その第一期は入行の日より始まる五七日間の錬行で「自行の三五日」といわれ、修行僧にとって一番大切な時であり、最も苦しい日々である。
今その錬行日課を左に掲げると、
生 霊 段 二七日
初日=通序五十返 十如より世雄偈まで、三十三返 寿量品 神力品 普門品 惣特品各三十三返 肝文各通
二日=通序百返 世雄偈 寿量品 神力品薬 王品 普門品 惣持品各三十三返
三日=通序より世雄偈まで、寿量品 神力品各三十三返
四日=御経三部 寿量品三十三返
五日=普門品百返 陀羅尼品(咒陀羅)百返
六日=通序より世雄偈まで、寿量品 薬王品 普門品 惣特品各三十三返
七日=御経壱部
死 霊 段 初七日
初日=通序 寿量品各百返 肝文各通
二日=寿量品 神力品 薬王品 普門品各三十三返
三日=提婆品百返 寿量品 普門品各三十三返
四日=御経三部 寿量品二十一返
五日=通序より世雄偈まで 提婆品 寿量品 神力品 普門品各三十三返
六日=提婆品 百返 陀羅尼品(咒陀羅) 普門品 各三十三返
七日=御経壱部
肝文=毎自作――仏身、以仏教――苦是人於――有疑――気力次第
肝文=此経則為――不老不死まで 円頓者――気力(けりき)次第
狐 著 段(鬼畜怨霊段)三七日
初日=通序百返 世雄偈 寿量品 神力品 各三十三返 円頓者百返 肝文各通
二日=通序百返 世雄偈 寿量品 神力品 薬王品 普門品各三十三返
三日=通序百返 世雄偈 寿量品 神力品 薬王品 普門品 惣特品各三十三返
四日=御経三部 陀羅尼品(咒陀羅)三十三返
五日=寿量品 神力品各百返 惣持品三十三返
六日=六番神咒五百返 自我偈百返 念彼段百返
七日=御経壱部
肝文=梵天王魔王―今者已満足 曠野嶮隘処―野牛水牛等 気力次第
疫 病 段 (疫神段) 四七日
初日=寿量品三十三返 陀羅尼品(咒陀羅)二百返 肝文各通
二日=神力品 普門品各百返
三日=薬王品 陀羅尼品(咒陀羅)各百返
四日=御経三部 惣持品三十三返
五日=寿量品二十一返 六番神咒五百返
六日=寿量品 神力品 薬王品 普門品 陀羅尼品(咒陀羅)各三十三返 六番神咒 気力次第
七日=御経壱部
肝文=若男形―亦復莫悩 若不順我咒―如阿梨樹枝 気力次第
咒 詛 還 段 五七日
初日=通序より世雄偈まで、寿量品 神力品 薬王品 普門品 陀羅尼品(咒陀羅)各三十三返
二日=普門品百返 念彼段 惣持品各三十三返
三日=陀羅尼品(咒陀羅)三十三返 六番神咒七百返
四日=御経三部 念彼段三十三返
五日=普門品百三十三返 念彼段三十三返
六日=通序より世雄偈まで、提婆品 薬主品 念彼段 惣持品各三十三返
七日=御経壱部
肝文=咒詛諸毒薬―環著於本人 悪鬼入其身―当著忍辱鎧 気力次第
以上が一一月一日より一二月五日迄の錬行日課で、読誦する御経巻数である。
勿論日々の御祈祷経の拝読、朝勤、昼勤、夜勤の勤行は別修である。
初加行の者にとっての一〇〇日の大荒行は総て自行の期間であるが、この「三五日間」は特に自身の罪障消滅のためであり、自己の持つ「五段の邪気」を祓うためでもある。
先輩もそうであるが、初行僧にとって、この最初の五七日の修行が大切で、読経と水行等に没頭し、他を顧みる余裕もない日々の連続は、精神的にも、肉体的にも苦しい試錬の時である。
この様に生霊段・死霊段・鬼畜怨霊段・疫病段・咒詛還段の五段に分けて、一段を一七日間の読経に、唱題に、水行に、その他の勤役に服することなど、即ち心身を「行」にさらすことによって、自分の過現の罪業の整理消滅を願うのである。
いわゆる「同じことの繰返しが『行』なのである」。
日々に課される多くの読経巻数は江戸時代からの伝承である。
第二期の三五日の加行に入る日より出行まで、縁故の人々、檀信徒との面会が許されるが、面会所には面会所の清規、作法がある。
いまその一、二を示すと、
一、在行聖者トノ面会ハ五分時ヲ超過シ、加行ヲ侵毀スルコト勿レ
一、面会ノ際、物品ノ供養ハ随意ナルモ清行ヲ破穢スル物品ハ堅ク禁止タルベシ
等々である。
面会所には二畳台があり、荒筵が敷かれ、火打金と石をのせた三宝が置かれ、行僧は作法によって、まず台の上で面会者に対し切火を打ち、合掌唱題ののち挨拶となる。
五七日間結界苦行して初めて外界の恩愛の絆に触れる行僧と、錬行の跡が明らかにしのばれる姿をまのあたり仰いだ人々とは、しばしば共に声も出ない程の感激に咽ぶのである。
これらの面会、供養の方々の芳志に対し、化他加行の先輩行僧は、表堂において法楽加持祈祷を厳修し、その息災延命、所願成就を祈念するのである。
この行僧に対する音信、面会こそは、一〇〇日間結界苦行する者にとって非常な励みとなるものである。
第二期五七日間の日課は
総 加 行 五七日
自十二月六日至一月九日
寿量品 壱百返 陀羅尼品(咒陀羅) 壱百返
この期間は、化他修行の第一歩としての相伝の秘書拝写の時で、修法伝書相承の儀式がある。
伝師より各行別に相伝書が貸与されるが、行法の都合上これを短期間で拝写しなければならない。
一二月八日には木剣相承の儀式があり、初行僧に七種の木剣が授与される。
また、日を改めて九字の口伝相承がある。
一二月中旬より約一ヵ月間、規定の方式によって午前、午後に渉り木剣練習が行われる。
伝師が先頭に立って指導に当るが、その期間は寒い時期なので、手足は葡萄色から遂には白荼けた色に変り、木剣を持つ手も殆ど感覚がなくなって、特に右腕の痛さは甚しく、木剣練習といえばまずこの痛さを思い出す程である。
また、ひび、あかぎれに悩むのもこの頃である。
寒に入った第三期の練行日課は
日 課 四七日
五行 四行 参行 再行
自一月十日至二月六日
毎日 寿量品十五返 普門品十五返 惣持品三十三返
が先輩の錬行日課であり、初行の日課はこの第三期より先輩と違ってくるのである。
敷 紙 加 行 三七日
自一月十日至一月三十日
毎日 通序 寿量品 神力品 普門品 惣持品 各十五返
となり、第四期の初行の日課は
御祈祷瓶水加行 一七日
自一月三十一日至二月六日
初日=二日=三日
毎日=御経三部 肝文三百三十三返
四日=唱題 壱万返 五日=寿量品 二百返
六日=寿量品 百三十三返 七日=惣持品
三百三十三返
となっていて、加行及び相伝の関係でこの様に日課に相異ができてくるが、この「敷紙加行」と「御祈祷瓶水加行」は、それぞれ初行にとって重用な相承準備加行であり、加行の日時にも意味があり、重要な口伝がある。
この加行日課が終ると初行への相承は完了したことになる。
目前に加行の成満をひかえた最後の日課は
報 恩 加 行 三日間
自二月七日至二月九日
全堂各行共通
毎日 寿量品 三十三返 普門品 三十三返 陀羅尼品(咒陀羅)三十三返
であって、この加行三日間は仏祖三宝、諸天善神に対し、長い間の大荒行を無事に成就することができた報恩の修行で、力の入る最後の加行であり、一同一層の精進苦行をもって大荒行を終える。
短い一生の中で何年に一度入行できるかわからない、この一〇〇日の修行は日常、我々を取巻いている自由とか、あるいは世間的な地位とかを含め、自我も生命もすべて鬼子母大尊神にお預けし、黙々として懺悔滅罪」する修行であり「謗法懺悔、罪障消滅」の苦行である。
法華経万巻の読誦 唱題 水行 その他の勤役が「所作仏事」となって、目には見えないが「妙法経力」が自己の心身に功徳霊気となって蓄積し、祈祷修法に当ってこれが発動を見、修法を受ける人々に効験利益を顕して妙法弘布の大願をも成就するのである。
荒行成満出行は、入行の時と同じ道順をとり出行会に臨むのであるが、入行の時とは比べようもない程の賑やかなものである。
《『日蓮辞典』「荒行」の項》
(加藤瑞光)
図版