法楽
法楽
ほうらく
(一)法味の楽をいう。
法味を献げて仏菩薩・諸天善神を楽しませ、悦ばしめること。
仏・菩薩・善神等は仏法を食物として、霊的生命をつなぐ唯一の楽しみとしている。
故に法楽という。
法味とは妙法の滋味のことで、これを咀嚼すると心に喜楽を生ずるので法味という。
『梁譯摂大乗論釈』一三に「菩薩は諸仏浄土の中において自ら大乗法を聴受して法楽を受け他の為に大乗法を説きて法楽を受けしむ」とある。
『往生論』に「仏法味を愛楽し禅三昧を食となす」とする。
『諫暁八幡抄』には「當世此を弁(へ)ざる学人等、古にならいて日本国の一切の諸神等の御宝前にして、阿含経・方等・般若・華嚴・大日経等を法楽し。(略)唯老人に麁食を与へ、小児に強飯をすゝめるがごとし」(定一八三二頁)として、仏祖諸神の御宝前において経文を読誦することを、法楽とされている。
末法の世においては、法華経の法味を捧げて仏祖諸神の慧命を長養せんとすること、即ち法華経を供養することこそが真の法楽であるとされている。
(二)法要儀式の終わりに伎楽、音楽を奏し式は和讃を歌誦して本尊に供養すること。
《『岩波仏教辞典』「法楽」の項》