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日蓮宗加行所

にちれんしゅうけぎょうしょ #2980

日蓮宗加行所

にちれんしゅうけぎょうしょ

宗制』第一五号「修法規程」を要約すると、修法に関する相伝の秘法を授け行儀を行わせるため、正中山法華経寺内に設置されているのが日蓮宗加行所である。
毎年一一月一日から一〇〇日開設して修法師が養成される。
入行者は初行から五行及び参籠まであるが、それぞれ入行資格を必要とする。
加行所には法華経寺住職である伝主のもとに、伝師、副伝師のほか若干人の主事、書記、雇員等が加行所の伝統の護持、入行者の指導及び諸般の務処に当っている。
本宗の加持祈祷は修法師でなければ行うことが出来ないので、入行にも一定の手続きを要し、加行中はすべて伝師、副伝師の命に従い、行堂清規を遵守し苦修練行に耐えなければ伝主から許証を与えられない。
伝師副署の許証を得た者についてのみ宗務総長修法師を任命するのである。
加行者は一般には行僧といわれ、また修練の道場を行堂または正中山荒行堂あるいは大荒行堂と称している。
この「日蓮宗加行所「という呼称は、昭和二四年(一九四九)七月第一〇臨時宗会で可決された「日蓮宗宗制布教規程」第二五条に「修法師は、日蓮宗加行所で一百日の苦修練行を満了し、伝師から加持祈祷の伝法を受けた教師につき、宗務総長がこれを任命する」とある中に初めてみることができるが、これは勿論離脱した法華経寺と関係なく日蓮宗加行所として定めたものであり、加行所には伝師、副伝師で組織される伝師部と、監正委員で組織される監正部があり、これを総称するため昭和二三年(一九四八)までは「日蓮宗加行堂」と呼ばれていたものが改められたものである。
同二五年の第一一宗会で新たに第一一号「修法規程」が制定され、考査委員会や修法審議会が設置され、更に種々の改正が加えられて前記概要の現行第一五号「修法規程」に及んでいる。
終戦後、昭和二一年小湊で行われた第五宗会で決められた『日蓮宗法規』(「宗規」一〇章、「宗則」二八号、「施行細則」一九)では宗則第九号「布教規則」の中に第五節として修法師の項を設け「大本山法華経寺の加行堂(けぎようどう)」とある。
古くさかのぼれば、明治一八年(一八八八五)太政官布達に基づき、内務卿の認可を得たいわゆる「宗制寺法」の宗制によればすでに第一〇条に「加持祈祷ハ中山法華経寺ニオイテ満行ノ上、管長ノ許可ヲ得ザレバ修法スルヲ許サズ」とある。
明治二九年の日蓮宗改正宗規宗則をみると、「宗規」第一章宗制中第一二条に「準講師以上ニシテ中山法華経寺ニ(略)」と僧階が加えられているが行堂または加行所などの明示は行われていない。
それが昭和一二年の日蓮宗法規(宗規・宗則)には宗則第二六号修法加行規則として第六条に「中山加行堂ニ入リ苦修練行壱百日ヲ満了シタル初行己上ノ者ニアラザレバ修法師たることを得ず」とあって宗規に基づいて中山加行堂と定められている。
三派合同(昭和一六年)後の宗制も「大本山法華経寺の加行堂」であることに変りはなかった。
それが前記の通り昭和二四年「日蓮宗加行所」の呼称が規定されて後、同年九月三〇日付通告で遠寿院の離脱があり、止むを得ず身延山信行道場で加行を行うに至った(その経緯は二八年五月一日発行『宗報』第四〇号に詳細記載)間もなく本宗所定の加行所以外に入行した者に対する罰則は定められたが、日蓮宗加行所の呼称は変化はなかった。
昭和二九年、宗本分離して管長宗会制の新宗制が施行の際、「修法規程」第一条に第二項として「日蓮宗所定の加行所は、身延山久遠寺内にこれを置く」と明示された。
昭和三一年五月五日(一九五六)遠寿院が復帰するに及んで「日蓮宗所定の加行所は、身延山久遠寺及び中山遠寿院内にこれを置く」と改まり、更に正中山法華経寺の復帰合同(昭和四八年=一九七三=三月二日認証一五日登記完了)に伴い昭和四八年一一月三〇日「日蓮宗所定の加行所は正中山法華経寺内にこれを置く」と改正され、宗制上では明治一八年に定められたとき以来の本来の在り方に返った。
この、昭和二二年八月三〇日付宗令第二六号によって「法華経寺の加行堂」から「法華経寺内遠寿院における加行堂」と加行所の所在に関する宗則変更の施行が発布されでいる(『改新宗報』第八・九合併号)。
これは前年、法華経寺が本宗を離脱したためであって、行堂再開に必要な、評議員会の決議に基づく緊急立法措置であった。
しかし昭和二三年は休堂、翌二四年九月には遠寿院が離脱したので、この変更された宗則による加行堂の開設は、昭和二二年一回のみである。
そして初行僧五四名の行堂脱出件があったのはそのであった。
なお単に「加行所」だけの名称は、戦後初めての宗制『日蓮宗法規』(昭和二一年七月一五日発行)の施行細則「加行規程」に用いられていることを付記する。

【補記】上記は昭和五六年発行『日蓮宗典』掲載の内容である。

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