宗務総長
宗務総長
しゅうむそうちょう
宗務総長は宗務内局を組織して宗務を総理し内局を代表する。
同時に宗教法人を代表する代表役員としてこの法人の事務を総理する。
僧正以上の住職であって、宗会により宗会の内外から選出される。
任期は四年。
宗務総長の呼称は、管長制の廃止された昭和二五年(一九五〇)の肉倉宝運宗務総長に始まり今日に至っている。
但し増田日遠総監のもとに江利山義顕山務司監・飯沼龍遠宗務司監を設けた昭和二六年から同二九年までの三年間は、宗本一体といわれた特別の体制があったので、この呼称は中断されている。
しかしその後は宗本分離、管長制復活し「宗務総長」として小松浄祐、西川景文、永倉唯嘉、口田日宣、望月桓匡、加賀美日聡、金子弁浄、片山口幹、渡部公允、松村寿顕の各師が就任している。
明治七年(一八七四)初代管長新居日薩から明治一六年六代管長福田日耀に至る間は「執事」と呼称され、十代管長吉川日鑑のもとにあっては「官事監督」と呼び名され、次いで八代管長三村日修以後は「監督」と呼ばれ、明治三八年、一六代豊永日良が管長のとき「総監」の名称を用い、その後「宗務総監」と呼称され爾来三三代深見日円管長のときまで続いた。
宗務総長を宗会が選出する制度は、宗門民主化を目指す昭和二四年の第一〇臨時宗会で決定し、肉倉宝運が満場一致で選出され就任した。
それまでは管長自身が選び任命していた。
昭和二九年、宗本分離、管長制が復活すると再び管長が選任することになり、次いで昭和三三年宗会の承認を必要とすることになった。
昭和三七年の第一一宗会において、宗会選出が本格的に決定し、翌三八年金子弁浄が選ばれて以来この制度は定着し今日に及んでいる。
会派宗政の進展に伴い宗会指名制(宗会議員中より)の声も聞かれる。
巻末の歴代管長の表を参照のこと。