選択本願念仏集
選択本願念仏集
せんちゃくほんがんねんぶつしゅう
一巻。
法然房源空(一一三三-一二一二)著。
異説もあるが、建久九年(一一九八)六六歳の時、外護者藤原兼実の請によって撰述したといわれる。
一般に『選択集』と略称する。
読み方は、浄土宗では「せんちゃく」とし、浄土真宗では「せんじゃく」と読みならわしている。
本書は浄土三部経、善導の『観経疏』を主とし、『安楽集』『法事讃』『西方要決』などの浄土教祖師たちの著述から念仏の要文を引いて、選択本願念仏の要義を述べたものである。
本書は巻頭に「南無阿弥陀仏、往生之業、念仏為先」と宗要を掲げ、以下一六章に分って、各章ごとに標目を示して、文証を引き、私釈を加えて、仏法修行のすべてが称名念仏の一行に帰することを明らかにしている。
第一章では道綽の『安楽集』を典拠として浄土宗の教判を示す。即ち仏一代の教法を判じて聖道・浄土の二門とし、聖道難行の法を捨てて浄土易行の法に帰すべきことを説く。
第二章は善導の『観経疏』を引き、往生浄土の行を正行雑行の二種に分ち、更に正行の中に助正二業を分けて、もっぱら称名正定業を修すべきことを明らかにする。
第三章には『無量寿経』第一八願、善導の『観念法門』『往生礼讃』を引き、念仏の一行のみが阿弥陀仏の選取した本願であることを明示する。
第四章は三輩章と呼ばれ、『無量寿経』を引いて、九品の行も念仏に在り、定散二善を廃して念仏の一行に帰せしめるのが同経の意とする。
第五章では『無量寿経』『往生礼讃』の文を引き、一念の称名に無上の大利益あることを明かし、第六章では『無量寿経』の文を引いて、末法万年の後余行悉く滅するも、念仏のみ猶百歳止住する有縁殊勝の法なることを明らかにしている。
第七章は『観経』『観経疏』『観念法門』を引いて、念仏は本願の行で親縁近縁増上縁の益があるから、念仏を行ずる者のみが弥陀の光明摂取を蒙り、余行を修する者は照護されないと述べる。
第八章は『観経』『観経疏』を引いて、念仏の行者は必ず至誠心・深心・廻向発願心の三心を具足すべく、もし一心をも欠けば即ち往生を得ざることを明らかにし、第九章では『往生礼讃』『西方要決』を引いて、念仏の行者は必ず恭敬・無余・無間・長時の四修の法を行ずべきことを明かしているが、第八・九の二章は第三章と共に本書の重要な主張を示す部分である。
第一〇章では『観経』を引いて、弥陀の化仏来迎のとき、聞経の善を讃歎せず、ただ念仏の一行のみを讃歎することを述べ、第一一章では『観経』『観経疏』を引き、定散の諸善に対して独り念仏の者を人中の芬陀利華に喩えて讃歎し、第一二章では『観経』『観経疏』を引いて、釈尊は『観経』の中に広く定散二善を説くが、唯念仏の一行のみを阿難に付嘱したことを明かす。
第一三章には『阿弥陀経』『法事讃』を引いて、余行は少善根、念仏は多善根多福徳なることを明かし、第一四章には『観念法門』『往生礼讃』を引き、六方恒沙の諸仏は余行を証誠せず、唯念仏の一行を証誠したことを述べ、第一五章には『観念法門』『往生礼讃』を引いて、念仏の行者が六方恒沙の諸仏及び諸の聖衆に護念せられて、現当二世の利益を得ることを明かす。
第一六章には『阿弥陀経』『法華経』を引いて、『阿弥陀経』説法の後、釈尊は弥陀の名号を舎利弗に付嘱されたことを述べている。
その私釈に「私に云く、凡そ三経の意を案ずるに、念仏を選択して以て旨帰と為す」と述べて、三仏の本意を顕すに選択本願以下、讃歎・留教・摂取・化讃・付嘱・証誠・我名の八選択ありとし、三経共に念仏一行を選択すべきことを主張するものとし、余の雑行はすべて「捨閉閣抛」して念仏の一行によるべきことを結論する総結の文を掲げている。
これは本書の眼目ともいうべきもので「夫れ速かに生死を離れんと欲せば、二種の勝法の中には、且らく聖道門を閣いて選んで浄土門に入れ。
浄土門に入らんと欲せば、正雑二行の中には、且らく諸の雑行を抛って選んで正行に帰すべし。正行を修せんと欲せば、正助二業の中には、猶助業を傍にし選んで正定を専らにすべし。正定の業とは即ち是れ仏名を称するなり。名を称すれば生ずることを得。仏の本願に依るが故なり」というのである。
この文を「略選択」(浄土宗)「総結の文」(浄土真宗)として尊重している。
最後に善導の『観経疏』を「是れ西方の指南、行者の目足なり」といい、「善導は是れ弥陀の化身なりと。爾ば謂つべし、又此の文は是れ弥陀の直説なり」と述べている。源空の思想的立場が善導の『観経疏』に依憑していることを示すものである。
このように本書は、源信の『往生要集』とは異なり、菩提心念仏、観念念仏、諸行往生等を否定し、専修念仏を勧めるのである。
本書はまた奈良・平安の諸宗に対してこれを聖道門の名の下に批判し、浄土門独自の立場を体系的に主張したのである。
本書によって日本の浄土教は従来の寓宗的立場を脱して独立の宗としての位置を確保したのである。
本書はその影響の大きさを慮ってか、源空生前中は公表を抑え僅かの上足しか書写が許されなかった。
しかし本書が一度世に出るや反響は激しく、源空存命中に既に公胤が『浄土決疑鈔』三巻を著して反駁し、貞慶は『興福寺奏状』を草して専修念仏義を批判し、源空死後公刊されるや高弁は『摧邪輪』三巻・『摧邪輪荘厳記』一巻をもって源空を論難し、定照は『弾選択』一巻を著して反論した。
日蓮聖人もその著述の随処に源空批判を展開している。
聖人は法華経至上主義の立場に立って、浄土教を方便権教とし、法華経こそが末法相応の教であることを主張する。
聖人は早く二一歳の時に執筆した『戒体即身成仏義』において浄土教を否定したが、真正面から『選択集』の所説を批判したのは『守護国家論』『立正安国論』においてである。特に前者は「選択集謗法の根源」を顕さんがための撰述であると聖人自ら述べているように、七章に分けて源空浄土教に対する教理的批判を展開したものである。
その批判の要点は、一に源空の教判観に対するもので、浄土教の先師が法華真言を聖道門・難行道・雑行の中に含めなかったのを、源空は「準之思之」して勝手に法華真言を聖・難・雑の中に入れ、これを捨閉閣抛せよと勧めるのは、仏説に違背する謗法の言説であり、また源空が教法の内容価値よりも衆生が行じ易いか否かで仏法を選択することもまた仏意に背くものであると論難する。
二には厭離穢土欣求浄土の主張に対して、衆生の住する娑婆世界こそが浄土であると此土寂光の考えを明らかにし、立正安国を主張したのである。
三に念仏易行論に対しては、唱題易行論を展開し、法華経の題目=妙法蓮華経の五字の功徳を力説したのである。
こうして聖人は『選択集』に対して、権実判の立場から、源空の主張を根底から批判し否定したのである。
《『遺文辞典』歴史篇「選択集」の項、『日蓮辞典』「選択集」の項、『大蔵経全解説大事典』「二六〇八・選択本願念仏集」の項、『岩波仏教辞典』『仏書解説大辞典』「選択本願念仏集」の項》
(小松邦彰)