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浄土真宗

じょうどしんしゅう #3946

浄土真宗

じょうどしんしゅう

親鸞(一一七三-一二六二)を開祖とする浄土の一派。
単に真宗ともいう。
この宗名が公許されたのは明治五年(一八七二)であり、それまでは一向宗とされていた。
他に門徒宗、無碍光宗ともいわれる。
親鸞は主著『教行信証』の中に「大無量寿経 真実之教 浄土真宗」と浄土真宗の名を記しているが、『末燈鈔』に「選択本願は浄土真宗なり」と述べているように、この名称は法然源空えそのものを指しているのである。
後に三祖覚如が親鸞を開祖とする一派の興隆を志し、本願寺派の基礎を確立したことが真宗の発祥といえる。
この頃から三門徒派、仏光寺派、木辺派、下野専修寺派(のちの高田派)などの分派が生じたが、八祖蓮如が出現するに及んで本願寺派の教勢は著しく伸展し、今日の真宗教団の基礎を築いた。
その後も興正寺派等の分派が生じ、慶長七年(一六〇二)如が東本願寺(真宗大谷派)を別立するに至り、今日の真宗一〇派となつた。
真宗では浄土三部経中『無量寿経』を正所依の経とし、阿弥陀仏を本尊とし、その阿弥陀仏の救済を信じ、その力によつて浄土へ往生せしめられ、涅槃に達するのを根本思想とする。
親鸞は一代仏教を分類して二雙四重の教判を立てる。
これは教を難行道自力聖道門と易行道他力浄土門とに大別し、それぞれを漸と頓の一雙二重に分けたものを合したものである。
そして利益を受ける方面から、聖道門を竪(しゆ)(たてさまということ、次第を経て利益を得るえ)、浄土門を横(おう)(よこさまということ、次第を経ないですぐに利益を得る教え)とに分け、聖道門の中の漸教を竪出として法相宗等の権大乗教を入れ、頓教を竪超といって華厳・天台・真言等の即身成仏を説く実大乗を入れる。
浄土門の中の漸教を横出といって観無量寿経の方便仮門の説を入れ、頓教を横超といい無量寿経の弘願真実の説を指すとする。
阿弥陀仏の衆生救済の四十八願の中、源空は第一八願(念仏往生願)だけを浄土往生の誓願と見たが、親鸞は第一八願に加えて第一九願(修諸功徳願)第二〇願(植諸徳本願)をも浄土往生の願と見た、そして弥陀の本願に真実と方便の二門を分け、真実の面からいえば第一八願だけが念仏往生の因であるが、方便の面からは第一九・二〇願も往生の因と見ることができるとする。
そして浄土三部経をこの三願に配当して、無量寿経を中心とするのである。
また親鸞浄土門を真門と仮門とに分け、第一八願・無量寿経・正定聚の機・難思議往生が浄土真宗であり、その他が浄土仮宗であると説き、主著『教行信証』において浄土真宗と行と信と証とを明らかにした。
ここに信を念仏の根本要件として、行から分立したところに特色があり、源空の教えを念仏為本とするのに対し、親鸞の教えが信心為本と称されるゆえんである。
とは無量寿経を真実の教とし、行とは弥陀の名号を称えること、即ち南無阿弥陀仏であるとし、信とは名号のいわれを聞いて深く信ずることである。
この信は弥陀の誓願力によつて衆生に与えられるもので、これを他力回向信心といい、往生は名号を聞信したときに決定するのである。
証とは悟りのことで真実の行と信とによって極楽浄土に往生することをいう。
そして阿弥陀仏の本願力によつて極楽浄土に往生するのを往相回向といい、既に往生して更に仏力によって利他教化の功徳力を与えられることを還相回向(げんそうえこう)という。
このように衆生信心を弥陀の回向するところと捉え、信心を得た後に称える念仏を報恩感謝の念仏とする。
また信心を得た人は正定聚に住し、如来に等しいと説き、特に悪人こそが往生の正機であると説き、師源空の専修念仏えを徹底していつたのである。
また親鸞が肉食妻帯の在俗生活を妨げないとする態度は、他の浄土諸宗と異なるところである。
日蓮聖人浄土教批判は源空とその一門に対してなされたが、その批判の要点は人間の能力に中心を置いて恣意的に教法を選択したということである。
従つてこの難点は親鸞に対しても通ずるものであり、聖人末法の衆生救済の要法は妙法蓮華経の五字以外には存在しないことを強調されたのである。
《『岩波教辞典』『国史大辞典』七巻「浄土真宗」の項、『親鸞辞典』(東京堂出版)「真宗十派」の項》

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