ぶっち #506
ぶっち
「ぶつい」ともよむ。 仏の心・仏の本意をいう。 法華経は随自意の教として釈尊のみ心のままに、その本懐を説かれたもので、諸経が対告衆の機根に応じて説かれた随他意の教であることと異る。 聖人は仏法の選択はあくまでも仏意に順じてなされなければならないと主張され、仏意に背いた仏法の選択は謗法であると糾明される。 《『遺文辞典』教学篇「仏意(ぶつい)」の項》
← 事典トップ