守護国家論(一五)
守護国家論(一五)
しゅごこっかろん
一篇。
日蓮聖人著。
正元元年(一二五九)撰述。
三八歳。
鎌倉における著述。
真筆身延久遠寺曽存。
本書は文応元年(一二六〇)撰述の『立正安国論』と共に、聖人初期の教学を代表する重要な著述である。
本書執筆の目的は源空浄土教の謗法を批判し、末法の時代における衆生救済と国土の安泰は法華経のみに限られることを明すにある。
即ち聖人自ら序文に「中昔邪智の上人有て末代の愚人のために一切の宗義を破して選択集一巻を造る。
(略)此悪義を破らんがために亦多くの書有り。
(略)未だ選択集謗法の根源を顕さず。
故に還て悪法の流布を増す。
(略)予此事を歎く間一巻の書を造て選択集の謗法の縁起を顕し、名けて守護国家論と号す」(定八九-九〇頁)と記している。
即ち聖人以前にも高弁らの高僧碩学によって『選択集』批判の書が著されたが、それらは『選択集』の謗法の根源がどこにあるかを明らかにすることが出来なかったから、かえってその流布を助長する結果となったので、ここに改めて破折するというのである。
そして聖人は七科十六門の科文を立てた完備した構成のもとに、源空の『選択集』が正法を破壊し、衆生を悪道に導き入れ、国土に災難をもたらす謗法の悪書として告発し、徹底的に糾弾するのである。
聖人は第一に仏の経教には権実二教があり、法華経以外の諸経はすべて仏の方便権教であり、法華経のみが仏の出世本懐を明かした唯一真実の教法であるとする。
聖人は法華最勝真実を証明するのに智顗の五時判を継承し、その理由として二乗作仏・久遠実成の説不説を挙げている。
第二に仏滅後の正像末三時における仏法の興廃を論じて、特に末法の時代に最も相応した教えは法華経のみであることが示される。
第三に『選択集』が正法たる法華経を誹謗する邪悪の書であることを同書の本文を引用して具体的に指摘する。
第四にこのような謗法者を対治しなければならない経文があるとして『仁王経』『大集経』『涅槃経』『金光明経』等を挙げ、謗法対治の任に当るべき者として国主を想定している。
ここにおける主張は、そのまま『立正安国論』に強く主張される謗法対治策の論拠となるもので、本書が『安国論』の前提と見られるゆえんでもある。
第五に人間として生を享けながら、末代においては善知識=よい宗教的指導者と真実の法とに出会うことが極めて困難であることが述べられ、第六に法華経信仰者は法華経の題目を唱えることにより、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちることを免れることが出来、更に日本国は法華経と深い因縁を有する仏国であり、法華経信仰者の住するこの娑婆世界こそが浄土であると説かれている。
この第五・第六の二段において法華信仰の在り方が具体的に説示されている。
そして第七に「問いに随って答う」の一段を設け、法華信仰者に対する諸宗の論難とそれへの対処の仕方が述べられている。
聖人が本書で明らかにしようとされた『選択集』の謗法の根源は、一に時機相応不相応の義によって道俗を迷わす失、二に曇鸞・道綽・善導の中国浄土教三師と日本の源信らの先師に違背する失、三に法華真言の行者を群賊等に譬える失、四に法華経信仰者に疑惑を生ぜしめる失、五に実教を捨て権教に遷らしめる失の五にあるとし、法華経を「捨閉閣抛」せしめる源空を仏意違背の大謗法者であり、一切衆生の仏種を断ずる者と破折するのである。
このような聖人の源空浄土教に対する批判は、専ら法華経至上主義の教相的立場からなされており、法華経が末法相応の教えであることを権実判に立って強調しているのである。
本書の源空浄土教批判で注意されることは、曇鸞・道綽・善導の三人を肯定し、また源信の立場を念仏往生を説いた『往生要集』よりも法華一乗を明かした『一乗要決』にあったとして、浄土教批判を源空一人に集中しているのであり、この点で『安国論』の浄土教批判と異るものがある。
こうして源空浄土教が世を惑わす謗法の悪法であることを糾明する一方、聖人は末法救済の法として唱題成仏論を展開して法華経の題目の功徳を強調し、題目受持を勧奨しているのである。
これはやがて『観心本尊抄』における受持成仏論に結実するのである。
さらに源空が穢土として否定した娑婆世界を、仏の常住不滅と国土の常住とを説く法華経本門寿量品に論拠を置いて、娑婆世界即寂光浄土と開顕して、この現実世界の価値を回復したのである。
本書の教学的立場が法華・真言未分であり、また源信を天台宗の先徳とするなどの点から、本書を佐渡配流後の本化別頭の教学と相対し、古くは『立正安国論』の下書、草案とし、最澄の『守護国界章』に倣ったもの等の見解があった。
しかし本書の整然たる構成のもとに緻密な経論引証に基づいて展開されている浄土教批判は、『安国論』のそれとは全く様相を異にするのであり、また理念的とはいえ救済の論理が提示され、更に聖人独自の国家観・国土観が表明されていること等、本書は聖人教学上に重要な位置を占めるものである。
《『遺文辞典』歴史篇「守護国家論」の項、『日蓮辞典』「守護国家論」の項》