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四信五品鈔(二四二)

ししんごほんしょう #1121

四信五品鈔(二四二)

ししんごほんしょう

(二四二)一篇・日蓮聖人著。
建治三年(一二七七)系年。
真蹟一三紙完、千葉県中山法華経寺蔵(重要文化財)。
富木常忍宛。
真蹟の初めに常忍自ら「末代法華行者位竝用心書也」と書込む故、これが本書の正式の呼び名。 また「末法不持記」「報富木氏書」等の異称もある。
常忍の書込みによると「建治三年四(月)十(日)到る」と。 建治三年三月二三日、常忍は身延の日蓮聖人に対し、日昭を通して一通の不審状(中山法華経寺現存。 完全一所収)を奉った。 その返が本書である。
不審状の要点は、観念するには心暗く、読誦するには多忙の身にて、どうすればを得ることができるか(定・慧)。 肉食・五辛の後、浄身して経巻に向うは如何。 または不浄の身なれど毎日不退に読誦することがいいのか()というもので、これに対する根源的解釈を与えたのが本書である。
漢文・問答体。
本書を三章に分けて大意を述べれば、第一章は末代法華経行者位を明かし、第二章は行者修行の用心を示し、第三章は仏法との興亡を説く。
第一章は、まず近来の学者(叡山の教相学者)の通念が戒定慧の三学の一を欠き、法華の修行を成就しないことを示し、末代の修行法としては法華の迹本二門の流通分、さらに『普賢経』『涅槃経』があるが、中でも分別功徳品の後半の現在の四信(一念信解・略解言趣・広為他説・深信観成)と滅後の五品(初随喜品・読誦品・説法品・兼行六度品・正行六度品)とが法華修行の亀鏡・大要であり、殊に四信の初の一念信解と五品の第一の随喜品とが「百界千如一念三千の宝篋、十方三世の出門」であることを述べる。 ところが、この二処の位については、台・妙楽に相似と観行と名字の三釈があり、「三釈の中、名字は経文に叶ふか」と断じ、その理由として六箇の経文を挙げ、最後に妙楽大師湛然『摩訶止観輔行伝弘決』巻六之四の「弥実位弥下」の文を出して、心を留めてこれを案ぜよといわれる。 最も高い本門の教えは六即の第二位である。名字即の位を救うことが出来るが、ここで一転して最初の末代初心行者の三学具否の問題に立還り「五品の初・二・三品には仏正しく戒定の二法を制止して、一向に慧の一分に限る。 慧も又堪へざれば信を以て慧に代ふ。 信の一字を詮と為す。 不信は一闡提謗法の因、信は慧の因、名字は位也」と示す。 初随喜品・第二読誦品・第三説法品の三品は定の二学を制止する理由は、経文によると、持・禅定を含む六の修行は第五・第六では課されるが、初二・三品には課されていないからである。 随って三学を具備せずとも、慧学だけでよいことになるが、末代初心は慧学には堪え得ないから、慧の代りに信心でもよいとする。
この「以信代慧」の四文字は日蓮教学上最も重要な言葉の一つで、日蓮宗信心為本のであることを示す。 『開目抄』では「信心了因」(定六〇三頁)といい、三因仏性の一で了因は智慧であり、信心とされた。 信心こそが成仏の原動力であることを示す。
第二章行者修行の用心は「問て曰く、末代初心の行者、何物をか制止するや」(定一二九六頁一三行目)から始まり、「答て曰く、檀戒等の五度を制止して一向南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解・初随喜の気分と為す也」の文は、最初に結論を示し、以後はその説明である。 一向唱題して余行を雑えてはならぬ証拠に、初めに布施・持戒等の五度を制止する経文を示し、次に智顗の『法華文句』の四信五品釈の文を引用する。 「初心は縁に紛動せられて正を修するを妨げんことを畏る。 直ちに専ら此の経を持つ、ち上供養なり」云云とはその文で、初心の者が五等の余行を兼修すれば「正の信」を妨げるから「専ら題目を持ちて余文を雑へず。 尚一経の読誦だも許さず」という。 一念三千の観法を勧めずして唱題のみを勧める理由については「日本の二字に六十六国の人畜財を摂尽する」からであり、この点を妙楽大師湛然も『法華文句記』八に「略挙経題玄収一部」という。 無解有信であればよいとする由については「小児含乳」の喩を説き、題目に万徳を具する由は「妙法蓮華経の五字は経文に非ず、其義に非ず、唯だ一部の意のみ」の故であると示し、但信口唱の行者の位次については「子の襁褓(むつき)」であると示す。
第三章仏法と国家との興亡(定一二九九頁七行目より)では、日本国に仏法が渡来して二〇〇余年にして伝教大師が出現して、法師品の「已説今説当説而於其中此法華経最為難信難解」の経文を依りどころとして、奈良の六宗を破り、七大寺を叡山の末寺としたので、日本国の仏法はただ一門となって法定まり、国も清んだとし、しかしその後、弘法・慈覚・智証が出て法華の正義を破却したために仏法漸く廃れ、天照・八幡等の日本国守護の善神は力を失い、梵天・帝釈はを去って、亡になろうとしていることを示す。
最後に立正安国末代法華行者に課された責務であることを示されている。
《録内遺文諸註釈書、『日蓮聖人御遺文講義』八、『日蓮聖人遺文全集講義』一九、『遺文辞典』歴史篇「四信五品鈔」の項、『日蓮辞典』「四信五品抄」の項

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