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摩訶止観輔行伝弘決

まかしかんぶぎょうでんぐ(の)けつ #2297

摩訶止観輔行伝弘決

まかしかんぶぎょうでんぐ(の)けつ

一〇巻。
天台宗第六祖妙楽大師湛然(七一一-七八二)述。
略して止観輔行・弘決・止観記などともいう。
『大正新修大蔵経』によれば具名は「止観輔行伝弘決」である。
永泰元年(七六五)著(普門子の)。
『正蔵』四六巻、『天台大師全集』、『仏教大系』収。
〔述作目的〕本書巻頭に湛然自身、述作の因縁十意を述べる。
「一に師承有り、胸臆に任すに非ざることを知らしめんが為の故に、(略)三に後代展転して異解を生ずるに随ひ、本依を失はんが為の故に(略)六に関説・広略・起尽・宗要の文を点示せんが為の故に(略)八に自らの観解を資け、以て誤謬を防ぎ尋討し易からしめんが為の故に」等という。
要は止観妙旨を明かにして祖師のえを内外に顕揚すると共に、宗内外の異議邪執を排除するにある。
〔題意〕輔とは「そえぎ」、車に重荷を載せるとき、車輪をはさんで補強する木。
また「扶」と同義にして「助ける」意。
ち『摩訶止観』所説の妙行を輔け釈して、広く祖意を宗内外に伝弘することの決義という意。
故に巻一初頭に、この決義を得るために師に詢うて決を受け、自らを審かにして要を取り、問を設けて疑を決し、類例を挙げて決択し、広く具文を引いて略引の意味を決し、広汎の義を摂約して正義を決し、文勢を釈通し、観道の帰趣を明決する等の作に従したという。
〔注釈態〕『摩訶止観』の文面に顕説されていない幽微な意義を明瞭的確に指摘した所も多い。
それは台の本意を発揚したのみならず、解釈を通して自己の所見を新たに発揮したことにもなる。
例えば、『本尊抄』の能観題目段によって周知の通り、『摩訶止観』巻五の第七正修章の「夫れ一心に十法界を具す。一法界に十法界を具すれば百法界なり。
一界に三十種の世を具すれば、百法界に即ち三千種の世間を具す。此の三千、一念の心に在り。若し心無くんば已(や)みなん。介爾も心有れば即ち三千を具す」の文を『弘決』に輔翼して「当に知るべし、身土一念三千なり。故に成道の時、此の本理に称(かな)ふて一身一念法界に遍ねし」と述べるが如きは、智顗が理の立場から三千の性具を論成したところを、湛然は釈尊の成道の立場から扶釈したわけで、成道して法身理に契えば、法身は周遍法界身なる故に、一身一念は法界に遍満して、介爾の凡夫の心にも三千を具するに至ったという。
これは智顗の意の扶釈ではあるが、湛然の発揮説でもある。
また自他宗の誤解に対する匡正は湛然独自の作である。
自宗の謬解に対する批判の一例は『止観』の章安序(会本一ノ二ノ六)に不定止観を述べる中の文言に「無漏総中の三」とあるのを、有人が「無漏とは也、総とは假、中とは中なり」と釈したことに対して七不可を数えている。
他宗批判は華厳・禅・法相に対するものがあり、中でも華厳宗に対する批判は厳しい。
止観』の章安序(会本一ノ二ノ九)の円頓止観を述べる中の「一色一香無非中道」の文に注して「無情仏性惑耳驚心」の義を立てるのであるが「此の色香等を世人咸く謂て以て無情と為す」とて、華厳宗法蔵の『探玄記』一六、澄観の『華厳疏鈔』三〇等における草木成仏論を十義をもって破する。
また華厳宗の法華漸頓華厳頓々説に対する反論も諸処にある(会本五ノ二ノ三九等)。
禅宗に対する批判も諸処に見られる。
荷沢宗の神会の死は湛然の五〇歳のときに相当し、禅宗の興隆するにつけて、その批判も激しかったわけである。
例えば達磨西来すとも弥勒の垂迹ともされる東陽傅(ふ)大士には及ばず、その傅大士さえ四運をもって観道の行軌としたとして、当時の習禅者の観道の天台に及ばざることを難じ、教観双備でないことを難じる(会本二ノ三)。
また達磨が慧可に伝授したと伝えられる『楞伽経』については、『維摩経』と同じく二乗や外道の破斥に多く力を注いだ方等部の経であって、法華経に遠く及ばないとする(会本三ノ四)等である。
法相宗に対する攻撃は会本六ノ三、七ノ一等に出で、これらは智顗の出世時には存在しなかった諸宗であるため、湛然は批判の対象に加え、もって天台宗の宣揚に資したのである。
本書が日蓮学に与えた影響は大きい。
今その二、三を例示すれば、巻五の「当知身土一念三千」の文については先述した。
また同巻の「止観の正しく観法を明すに至って、並に三千を以て指南と為す。乃ち是れ終窮究竟の極説なり」の文に由来して、聖人は一念三千を天台大師の終窮究竟の極説と認識し、天台宗の全教学を、一念三千によって統括されたのである。
また巻六の「徧ねく法華已前の諸経を尋ぬるに、実に二乗作仏の文及び如来久遠を明すの説なし」の文は、二乗作仏久遠実成を法華の独説とする聖人の教学に多大の自信を与えたことは確かである、更に同巻の「教弥々実なれば、位弥々下し」の文は、末代の極重病人を治癒するための良薬は法華経以外にないとする聖人の教判を形成する上に大なる根拠を与えた。
《安藤俊雄『台性具思想論』、日比宣正『唐代台学序説』、同『唐代台学研究』、『遺文辞典』歴史篇「止観弘決」の項

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