以信代慧
以信代慧
いしんだいえ
「信を以って慧に代う」と訓む。末代の法華経信奉者は「信」によってのみ「仏慧」(ぶつえぶつて)=(仏陀の智慧)を受領することができるという日蓮聖人の聖意。
『四信五品鈔』に述べられている。
日蓮聖人は信心を本(もと)として仏教を信奉することを指示し、それは「法華経の信心」に集約されるものであることを説かれた。
『観心本尊抄』に「一念三千を識らざる者には、仏大慈悲を起して五字の内に此の珠を裹(つつ)み、末代幼稚の頚に懸けさしめたもう」(定七二〇頁)と示されるのは、まさしくこのような境地であろう。
しかし、仏教の一般的常識からするならば、仏教を修行するためには戒(かい)・定(じよう)・慧(え)の三学を追求し、自ら体得しなければならないはずだという疑問が生れてくる。
それなのに、なぜ南無妙法蓮華経という題目(だいもく)に一念三千の珠を内包し、それを受持(じゆじ)することによって仏道を達成できるかということが問題となってくる。
このような疑問に対して明快な解答を示したのが、この「以信代慧」の説である。
即ち『四信五品鈔』において、聖人は法華経の流通段こそ末代幼稚の者が明鏡(めいきよう)(明らかな鏡)として大切にしなければならないものであり、本門・迹門それぞれの流通分のなかに末法の法華経信奉者の修行のありかたが明確に示されていると説くのである(定一二九四頁以下)。
わけても教主釈尊の久遠実成を明らかにした寿量品第一六をうけて、聞信(もんしん)の解(げ)を説く分別功徳品第一七の四信(ししん)と五品(ごほん)とは法華経を修行する肝要の法であり、釈尊の在世(ざいせ)において、また入滅後においても軌範とせねばならぬ教えであるとする。
そして更に、四信の初めの一念信解(いちねんしんげ)と五品の初めの初随喜(しよずいき)とは、一念三千の宝篋(ほうきよう)(はこ)であり、かつすべての仏陀のお出ましなさった門であるという。
換言すれば、教主釈尊の絶対的世界をかいま見て感激するということが初随喜であり、またそれは一念に信じ解(げ)するということでなければならない。
仏教において戒(持戒)・定(禅定)・慧(智慧)を肝要とするのも、教主釈尊の究極のおさとりの世界を追求し模索し続けるところに真実の仏教への道があるという前提にほかならないであろう。
しかし、その追求の形態が問題なのではなく、最も基本となるものはその教主釈尊の教えに対する感激である。
仏教の絶対の世界をかいま見た感激が、仏道達成の鍵となるのである。
このことを『四信五品鈔』には「一念信解」を解釈して「信の一字は四信の初に居し、解の一字は後に奪わ(れ)る」と述べている。
一念の信があって、それが出発点となって、智慧を修することも困難であるから信をもって智慧に代え、ひたすら「信」の一字を所詮とするという仏道追求の深化があり得るのである。
日蓮聖人は「末代幼稚の者」「末代の凡夫」と末法の仏教信奉者は名字即(みようじそく)というあり方に該当すると規定されている。
つまり、名字(みようじ)を知って、それを媒介として仏教に体達することができる機であって、自らの能力を超えて、いたずらに戒・定・慧を求めてもそれでは意味を失うというのである。
前述のとおり、末法の機は五品を旨として仏道を修行せよということが明らかにせられたが、五品の第一の随喜品(ずいきほん)、第二の読誦品(どくじゆほん)、第三の解説品(げせつほん)等には、殊に戒・定を制止して、ひたすら智慧の修得に重点が示されている。
しかもその智慧は凡夫自らの力で得られるものではなく、名字を媒介するという「信」によってのみ得ることができるものなのである。
そのようなところに、前述の『観心本尊抄』等の説示がなされる由縁があり、また「不信は一闡提(いつせんだい)謗法(ほうぼう)の因、信は慧の因、名字即の位也」(定一二九六頁)と論断される理由がある。
《『国一』和漢撰述部「諸宗部」二五「四信五品鈔解題」、渡辺宝陽『日蓮宗信行論の研究』、『遺文辞典』教学篇「以信代慧」の項、『日蓮辞典』「以信代慧」の項》