妙宗本尊弁
妙宗本尊弁
みょうしゅうほんぞんべん
優陀那院日輝(一八〇〇-五九)の著作。
『充洽園全集』第三編収。
本尊の本体と形態等を明らかにせんとした著作である。
即ち人法本尊論においては『綱要』に従って人本尊をとり、教観本尊論においては日透に従って教・観両種の本尊を認めている。
また名体論においては名は即ち釈迦応身にして体は即ち無作三身の法身なりとし、能所論においては能顕を経文の修因感果の久成釈尊、所顕を文底無始無作の本仏とする。
而して日輝教学の本義は主観主義であるから、客観の久遠実成の本仏をもって自己当体の客観化に外ならないものとし、客観的教門の本尊より、主観的観心の本門へ達入するをもって本尊建立の実義と見做している。
今記述に従ってその内容を概説すれば、
(1)釈迦仏と曼荼羅の二本尊は同じである。
(2)「衆見我滅度広供養舎利乃至時我及衆僧倶出霊鷲山」を仏をもって法体となす証とする。
(3)法師品の「不須復安舎利所以者何此中已有如来全身」の文を釈して本尊は法身仏であることを証す。
(4)法仏両本尊の損失一〇を挙げて説明し、この十意に依って仏本尊を明らかにする。
(5)神力品十神力の文に依って感応の名字を八相成道の応身釈迦牟尼仏とし、第六普見大会を大曼荼羅本尊の相貌とする。
(6)『三秘鈔』を引用して寿量品に建立する所の本尊は本有無作三身の教主釈尊なりとする。
(7)無作三身及び始覚三身を説いて、本有常住の仏の国土を常寂光土と名づける。
その中の衆生は分に応じて実報土・方便土・同居土に住し、自行化他の修行を重ねている。
仏菩薩は倶に三身を具して常住である。
隔異を滅して実報土に入るも再び果より因に入り、悟より迷に入り番々に成道する。
かかる本有無作の三身即始覚の三身なる十法界の形貌を名づけて大曼荼羅とする。
この三身は三大(体相用)三如(相性体)の関係にあり、譬喩せば大虚を法身、天月を報身、水月を応身とする。
もし観心に約せば、一切の三身は倶体倶用であって、行者自己の妙体妙用に外ならない。
自身の成道であり自身が本仏即迹仏である。
(8)寿量品には滅後有縁の者、曼荼羅の図像に依って本師の本形を拝し及び己心の妙法を知ると説く。
(9)一塔両尊は当家独特の本尊であることを説く。
(10)但信の者は多くの仏像を楽う。解慧の者は所尊の簡一を好むこと。
(11)単に祖像をもって本尊とするは非であること。
(12)光明点並に梵字を説く。
(13)曼荼羅の法門及座配を説く。
(14)当家の曼荼羅とは無作三身本覚の菩提を発生するものとする。
(15)曼荼羅の体を八項目、相を二〇項目に亘って説く。
(16)本尊を立てる理由を七項に分けて説く。
(17)相承の教本を寿量品・観心本尊抄・像師親師等の相承とし、その文を詳しく説く。
(18)本尊受用の功徳を五項目あげ更に三宝三学三徳三益に約して説く。
(19)下機は但信、中機上機は慧解によって深信決定すべきこと等。