一塔両尊
一塔両尊
いっとうりょうそん
塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏を配する本尊。
法華経虚空会の説相から立てられる。
法華経見宝塔品において宝塔が涌出し虚空にかかると、塔内より多宝如来の法華経真実の証明がなされる。
分身諸仏が来集して塔が開かれると釈尊が虚空の宝塔に会座を移して多宝如来と並座される。
ここから法華経の説会が虚空に移り、釈尊は三箇の勅宣を発して滅後の弘経を勧奨されるのである。
これを受けて勧持品において菩薩・声聞が誓言を述べるが釈尊はこれに答えられない。
従地涌出品において、釈尊が菩薩の弘経の誓言を遮されると直ちに四大菩薩を上首とする本化の大菩薩が大地より涌出する。
大衆は釈尊による本弟子の久遠教化に父少子老の疑問をいだき、これに答えて如来寿量品が説かれるのである。
寿量品において釈尊は仏寿の久遠を開顕し、如来神力品において地涌の大菩薩の発誓を受けて法華経の滅後弘通を結要付属されるのである。
このような法華経虚空会の説相を形像化したものが一塔両尊である。
『観心本尊抄』には「其本尊の為体(ていたらく)、本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏。釈尊の脇士は上行等の四菩薩。
文殊彌勒等は眷属として末座に居し、迹化・他方の大小の諸の菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るがごとし。
十方の諸仏は大地の上に処したまふ。
迹仏迹土を表するが故なり」(定七一二-三頁)と述べられている。
妙法蓮華経を中心に二仏を配し、本化の四大菩薩を脇士とされており、この教示を紙上に図顕されたのが大曼荼羅である。
日蓮聖人が大曼荼羅を始めて図顕されたのは『観心本尊抄』述作後二カ月余の文永一〇年(一二七三)七月八日である。
一塔両尊は大曼荼羅の上部の造像であり、妙法蓮華経を本尊の尅体とする点では法本尊といえ、久遠釈尊の本懐たる妙法蓮華経を上行等の四大菩薩に付属する本門八品の儀相を表すところから、二尊四士の仏本尊の形態にも近く、法仏不二の相を表している。
法仏両本尊の実体は妙法五字七字・釈迦牟尼仏である。
本尊の根本原理は一念三千であり、これを人格的に求め、主・師・親三徳具足の釈尊の絶対性を信受するところに本門の教主釈尊を本尊とする理由がある。
この久遠釈尊の本因本果が一念三千の仏種であり、仏種は妙法五字として衆生成仏の道を開くのである。
即ち、釈尊の妙法五字が南無妙法蓮華経として衆生を釈尊の世界に導くのである。
従って法仏両本尊の本質に区別はなく同体異相と領解されるのである。
《望月歓厚『日蓮教学の研究』、立正大学日蓮教学研究所編『日蓮宗読本』、『遺文辞典』教学篇「本尊」の項、『日蓮辞典』「一塔両尊」の項》